2014年06月02日

コーヒーを行商で販売するには

都会の道端で見かけるお弁当の行商。


写真は「はまれぽ」さんよりお借りしました。
お弁当の行商について、法律的にどうなのかとちょっと興味深い記事を書いておられますので、こちらもご一読いただくといいかなーと思います。
横浜駅西口付近でよく見かける路上販売の弁当屋は、正規の手続きを取って販売しているのでしょうか?(BOSSさんのキニナル)
敷地の使用許可は得ずに販売していることが多いようです。
中には、保健所の義務違反を犯している露店もありました。


よくこういう形態でお弁当を販売しているところがあるのだが、これをコーヒーでやろうと思ったらどうなるのかという話。

◆     ◆     ◆


オフィス街に颯爽と現れる、自転車やカートのコーヒー屋さん!
コーヒーを淹れる器具一式とコーヒー豆だけを持って、ふらりとあちこちの街角に!
ほんとうに美味しいコーヒーを気軽に、どこでもサーヴィス!



こういうの!こういうのやりたいの!
写真について詳しくはこちら

行商といえば保健所の管轄であるわけで、疑問に思ったら保健所に話を聞くに限る。
というわけで、保健所でそのへんのところを詳しく聞いてきたわけだが、相談開始してものの1分で・・・


コーヒーの行商はほとんど不可能に近いことがわかりました。皆さんもコーヒーの行商は諦めてください。チャンチャン。



・・・で終わらすのもなんなんで、その理由をば以下に詳しく書いていきます。興味ある方は参考にしてください。

※以下の内容は僕が実際に保健所さんに行ってお話を聞いてきた内容をもとに書いていますが、内容に関して記憶違いなどがある可能性がありますので、実際に行商等についてよく知りたい方は最寄りの保健所におたずねいただくほうがいいと思います。

えーっと、まず保健所さんに「自家焙煎店のコーヒー屋をやっています。自分ちのコーヒーの行商をしたいんですけどどうしたらいいですか?」と聞いたらあっさり「できません」て言われて、それは何故かと聞いたところ「行商」する品目にはきちんと定義があるだそうだ。

・菓子
・アイスクリーム類
・生きているものを除く魚介類およびその加工品
・豆腐およびその加工品
・弁当類
・ゆで麺類
・惣菜類

で、コーヒーは・・・無い。保健所が定める行商の品目の中にコーヒーが無い以上、コーヒーを行商するというのは「法律的にあり得ない」のだというのだ。

コーヒーを注いで提供するというのは衛生的ではないということ、それと、コーヒーを淹れて売る場合は喫茶営業の許可を取って下さい(行商ではなく移動販売で、つまり車両で)というのが保健所さんの主張。なるほど、確かに「注ぐ」という部分で外気に触れるしリスクはあるよね。抽出ということになると喫茶営業か、それも一理ある。

とは言っても、じゃあしょうがないですねー、と引き下がるわけにはいかない。どうにかコーヒーを行商する方法は無いかと根掘り葉掘り聞いてみた。
担当の方が言うには、コーヒーというものが品目に無い以上、新たに法律を作ることになるので、コーヒーを行商するのはほぼ不可能であるのだけど、抜け道というか手は無くはないという。
なんだそれを早く言ってくださいよ、そんな抜け道があるんなら早速やりますよそれどんな方法なんです?

「コーヒーを缶なり瓶に詰めるような工場を作って食品衛生法で定められた許可を取ってください」

え?話が大きくなってるんですが・・・
僕はじぶんちのコーヒーを街行く人にサっとサーブしたいだけなんですけど・・・
ちょっとコーヒーを行商したいからってコーヒーを缶づめにする工場作るの無理です・・・

「大手飲料メーカーのコーヒーであれば、行商することはできますよ。どこかで購入した缶入りのコーヒーであれば保健所とは関係がありません」

それ人力で移動する自動販売機ですよ・・・
わかりました、缶コーヒーを行商するために工場を新設するんであれば保健所の許可が要るけど、どっかの工場で作られた缶コーヒーならそれは保健所関係ないよってことなのね・・・

と無理問答みたいな会話が続くうち、ちょっと頭の中に疑問が沸いてきた。
以前、街角で弁当を販売している業者さんが、弁当にスープを付けていたのだ。

あれ?スープを弁当に付けるんならコーヒーを付けてもいいんじゃない?

「缶コーヒーならば問題無いです」

いやいや、ポットに入れたコーヒーを注いで付けてあげるんです。料金はお弁当に対して発生します、コーヒーはサービスです。どうです?
(もしこれがOKならお弁当にサービスのコーヒーとお菓子にサービスのコーヒーというのは違いが無いハズだから、お菓子を売ってコーヒーを付けるというのができるハズだ。てことはお菓子とコーヒーをセットでいくら、という感じで「代金はお菓子代として頂戴します」ってのができるハズ!)

「サービスかどうかは関係なくポットから注いでっていうのは衛生的ではありません。ダメです」

じゃあお店で一つずつカップにフタを付けた状態で持って出て、それを配るというのは?これなら注ぐという行為は発生しませんけど?

「お店で注ぐというところがダメです。食品衛生法に定められた許可を取った飲料を缶詰する工場を(ry」

なるほど、ここで振り出しに戻るのか。結局、行商の品目にコーヒーが無い以上、許可は出ないのだ。
お弁当に付くスープは、サービスであろうが有料であろうが、行商の品目にお弁当というのがある限り、スープを付けようが味噌汁を付けようが問題無し。コーヒーを付けるのはダメ(←コーヒーはお弁当じゃないよね、ということ)。

よくわかりました。行商でコーヒーを売ることはできないのですね。はい。
というわけで、たぶん1時間以上行商について議論した結果が諦めろだったためガックシと肩を落としつつ保健所を退散しようと思ったんだけど、最後にひとつ疑問に思ったことを聞いてみた。

移行しながら販売するって書いてますけど、これ実際には止まって販売してますよね?

「いや、行商は止まって販売してはいけないのです。販売しているものの受け渡しと代金の受領程度の時間は止まらざるを得ないと思いますが、それ以外の時間は常に移行していることが必要とされます。形態は違いますがちり紙交換の車みたいなものです。路上で止まって販売したら道路を占有するということになり、警察などの許可が必要になるはずですし、私有地内でも止まって販売していたらそれは行商になりませんので引き車による営業許可を取っていただくことになります。ただし引き車の申請が来た場合はできるだけ車両による移動販売に切り替えてもらうように指導しています」

えええ? そうなの? 街角でお弁当を販売している業者さんって台の上にお弁当積んで販売してますが、あれは違法ということなのか。


というわけで、保健所さんに聞いてきたコーヒーの行商に関するまとめ。

・コーヒーの行商で許可が出るのは大手飲料メーカーの缶コーヒーを売る場合のみ
・コーヒーを引き車で販売する喫茶営業の新規の許可は非常に出しにくい
・以上のことから、コーヒーを固定店舗以外で随時移動しながら販売するという場合は、車両を使用した移動販売車で喫茶か飲食の許可を取るしか選択肢が(ほぼ)無い

けっこうがんじがらめです。こういう形態でやりたい、っていうイメージは個々にあると思うんだけど、それらのイメージは必ずどこか法律に引っかかってしまい実現のためには法律に定められている形に修正をしなければならず、最終的に車で移動カフェをやるというところにしか着地できないような気がする。面白いアイデアがあってもほとんどのケースで実現はおぼつかないのではなかろうか。屋外で移動しつつコーヒーを売るってけっこう自由度が低いなあというのが話し合いの末の印象。

これから無店舗でコーヒーを売ろうと思っている人の参考になればと思います。
posted by ホゼ at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

ビジネスのポジショニングを考える

コーヒー屋さんを作る時に、育てていくときに、こういうマトリクスを考えてみて、それらの枠の中に既存の企業を当てはめて、自分がどうするべきか、どうしていきたいかを考えてみたらこれが自分的にはすごくいい感じだったので、それを一般化して書いてみたのだが、これがどうにもよくわかりません。僕の脳内にある「なんとなく」なイメージを、独断と偏見で「なんとなく」当てはめてみましたというような僕以外に誰がわかってもらえるのかはなはだ不安な記事です(笑

なにしろマトリクスがおかしい。矢印の左右、上下の両端が、相反しているようで相反してないような、ビミョーな感じなのは、作ってるときからウスウス気が付いていたのだけど、作る前に頭の中のイメージで「これだ!」って思っちゃって、このマトリクスありきで始まったんで、しょうがない、おかしいのは承知で最後までお付き合いくださいませ。

このマトリクスは、その店がそういう方向でビジネスをしているとかコンセプトがそうだとかそういうことじゃなくて、そのお店に来るお客さんがどういう人なのかを表しているものである。
つまり、このマトリクスの中にプロットしていくのは、一人一人のお客さんってことだ。そして、ある程度のお客さんのまとまりを考えたときに、そういうお客さんが好む店は、マトリクスに書いてある企業が代表的なものではないかと考えるわけである。

まず第一図がこちら。

エモーションマトリクス1.jpg

これだけじゃなんだかわからないんだけど、この縦と横の軸を考えたところがスタートなので、ここから順に説明させてもらいます。

縦軸。上に行くとエモーショナルであり、下に行くとスタイリッシュである。
エモーショナルとスタイリッシュが相反する要素ではないというツッコミは無しの方向で。
エモーショナル方面に行くお客さんは、その店、バリスタ、焙煎人などその固有の資産(ヒト、モノ)やヒストリーに愛着を持つ人たちだ。プロダクトを愛し、スタッフを愛し、店を愛する。作り手に共感するというイメージだ。
スタイリッシュ方面に行くお客さんは、その場所、空気、空間に溶け込み、自由に泳ぎ回り、自分の生活の中にその場を取り込むような人たちだ。高度に洗練されたセンスを持ち、その眼鏡に適う店を選び、その場にいる同じ目線を持つ他人と一瞬にして理解し合うような人たち。文脈を理解するということがキーワードになる。

次に横軸。右に行くとスペシャライズド、左に行くとオーディナリー。
スペシャライズドとオーディナリーが相反する要素ではないというツッコミはもちろん無しの方向で。
オーディナリー方面に行くお客さんは、納得のいく買い物を求めてお店に行く。価格と品質、サービス、価値のある買い物をする。あまり冒険はしないかわりに、きちんとモノやサービスを評価し、自分にとって満足感のある買い物をする人たちだ。合理的な価値観で行動する人だ。
スペシャライズド方面に行くお客さんは、自分の価値観にグサっと刺さる何かを求めて買い物をする人たちだ。モノやサービスの価値に裏付けを求めることなく、ひたすら感受性のままに対価を支払う勇気がある人である。個人的な感受性を優先する人だろう。

それらの要素を重ねたのがこの図。

エモーションマトリクス2.jpg

マトリクスの縦横の軸に付いた副題を、各エリアに当てはめてみる。
右上のエリアは、縦軸の上「作り手に共感する」と、横軸の右「個人的な感受性で」を合成したものが当てはまる。
それぞれ、合成したエリアの名称を右上から時計回りに書くとこのようになる。

右上「個人的な感受性で作り手に共感する」
右下「個人的な感受性で文脈を理解する」
左下「合理的な価値観で文脈を理解する」
左上「合理的な価値観で作り手に共感する」

それを書き足したのが下の図である。

エモーションマトリクス3.jpg

各エリアの特徴はわかっていただけたかと思う。それが僕が考えているのと同じであれば、この下の図を見て、なるほどと思ってもらえると思うんだけど、果たしてどうなるか・・・

各エリアにそれぞれ、代表的な企業(お店)を当てはめてみる。これは僕の独創なのでこの図に当てはめたお店が本当に当てはまってると思うかどうかは個人差があります(笑

エモーションマトリクス4.jpg

皆さんの意見とは違うかも知れないけれども、実際にこの四つのエリアにはそれぞれ違うタイプのお店が入るはずだ。僕はこう思ったというだけで、皆さんと違っていてもいいと思うし、何が正解かという話ではない。

さて、この四つのエリアなんだけど、最初に言ったように、これはお店の特徴ではなく、お店にくるお客さんの特徴ということである。言い換えると、なんでそのお客さんがそのお店に来たかという動機付けの問題である。
もし自分がコーヒーでビジネスを始めるなら、あるいはいまあるコーヒービジネスを成長させていこうとおもった時に、このマトリクスのどこに自分が求めるお客さんがいるのかと考えてみたら、少しうまくお店を作っていくことができるんじゃないかなと思う。

そしてこのマトリクスの話の、もうひとつ大事な副産物は、自分のつくる(あるいはつくった)お店がどうカテゴライズされているかということをお客さんの目線で考えてみることである。
そういうことを考える思考訓練としても、自分でオリジナルのマトリクスをつくり、それを土台にいろいろと考えるというのがすごく良いことだと思う。お試しあれ。
posted by ホゼ at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

エゴレスコーヒーのための十戒

今回は、ビジネスとしてコーヒーを扱っている人に向けてのお話です。


コーヒーは嗜好品であるので、しばしばそのクオリティについてエゴイスティックになることがある。
自分だけを信じ他人の言うことを聞かなくなる状態だ。そこにはうぬぼれや過信があり、自分の経歴や経験から引き出したものしか採用しなくなる。誰かに批評されたり間違いを指摘されるのを嫌う。

そのような状態にならないように(あるいはなってしまったとしたら速やかにそこから脱出できるように)、積極的に批評やアドバイスを受け入れるようにしよう。

自分の作ったコーヒー(焙煎した豆でも抽出した液体でも)を他人に見てもらい、改善点を積極的に指摘してもらう。焙煎や抽出を評価する側も評価させる側も「自分の方が優れている」などといった自尊心を捨て、純粋に「より良いものを作る」という意識を共有する。
そのための良い指標が以下である。


「エゴレスコーヒーのための十戒」

1.あなた自身も間違いを犯すということを理解し受け入れよ。
2.あなたの作ったカップはあなた自身ではない。
3.あなたがどれほど“カラテ”を学ぼうと、まだほかに達人はいる。
4.相談なしに焙煎や抽出メソッドの作り直しをしてはならない。
5.あなたよりも無知な人にも尊敬と敬意と忍耐をもって接しよ。
6.世界で唯一変わらないことは、変わるということだけである。
7.本当の権威とは地位ではなく知識から生じる。
8.自ら信じるもののために戦え。ただし、負けは潔く受け入れよ。
9.“部屋に籠りきり”になるな。
10.人ではなくコーヒーを批評せよ − 抽出者、焙煎者には優しく、コーヒーには厳しく。



これは僕のオリジナルなアイデアではなく、ジェラルド・ワインバーグの作ったリストである。

オリジナルの「エゴレスプログラミングのための十戒」はこちら。
「エゴレスプログラミングのための十戒」
1.あなた自身も間違いを犯すということを理解し受け入れよ。
2.あなたの書いたコードはあなた自身ではない。
3.あなたがどれほど“カラテ”を学ぼうと、まだほかに達人はいる。
4.相談なしにコードの書き直しをしてはならない。
5.あなたよりも無知な人にも尊敬と敬意と忍耐をもって接しよ。
6.世界で唯一変わらないことは、変わるということだけである。
7.本当の権威とは地位ではなく知識から生じる。
8.自ら信じるもののために戦え。ただし、負けは潔く受け入れよ。
9.“部屋に籠りきり”になるな。
10.人ではなくコードを批評せよ − コーダーには優しく、コードには厳しく。


ほとんど書き換えることなく、コーヒーについても当てはまると思い、すこし改変したのがエゴレスコーヒーのための十戒である。


どのひとつを取ってみても、そういう態度を取れるかどうか、非常に怪しいところである。
普段どんな態度を取ってしまいがちか、例示してみる。
「エゴコーヒーのための十戒」
1.自分は間違ってない
2.誰かの淹れたコーヒーは彼(彼女)自身であるのでコーヒーの欠点をもって彼(彼女)を否定する
3.自分だけがこの味を取れる、この違いに気が付く、この理論を知っている
4.メソッドの一部を変えるように一方的に押し付けた
5.自分より無知な人や経験の浅い人に対して上から目線になる
6.何もアップデートせずに変化を拒否しているものにこそ価値がある
7.地位のある人に権威を感じる
8.流行に乘り、負け惜しみを言う
9.よそのコーヒーを飲まない
10.コーヒーではなく人や店を批評する - コーヒーよりも人や店を厳しい目で見る

笑えない笑えない。こんな態度を取りがちなんじゃないかしら。そうだとしたら怖い、こんな人に淹れるコーヒー飲みたくないよって思わせるに充分なリストになっちゃった。


というわけで、コーヒーはエゴレスでありたいものです。ビジネスでコーヒーを扱うならば尚更に。
posted by ホゼ at 11:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

これからコーヒーの世界で身を立てようという若者へ Ver.1

なんだか僕のところに「カフェやりたいんです」という若者がときどき来るんで、ちょっと助言というかアドバイスというか大きなお世話を少し書いておきます。

と言うのも、東京近郊にお住いなら、コーヒー飲みに来たついでに話聞いてくよってこともアリかと思うんだけど、やったら遠くから「カフェやりたいんす!!!!!!!」って来られると、なんか与太話だけ聞かせてガンバレヨーって送り出すだけじゃダメかな、テキストでも用意して講義ぶったほうがいいのかな、って思っちゃったりするんで、まあこれ読んで店に来た気になってくれればいいかなと。遠くからだと、交通費、バカにならないから。

んで、とりあえず思い立ってタイトル通りの記事を書くことにしたわけだけど、まとまらなかったときのことを考えて「Vol.1」ということにさせていただくとする。


ちなみにここには、どうやったら儲かるかとか、商売が長続きする秘訣とか、集客するためにはとか、営業戦略とか、そういうことは書かないよ。というかそういうことは僕が知りたいので、儲けかたや商売の秘訣を教えてくれるというご奇特な方はどうぞ当店までお越しくださいませ。
じゃあ何を書くかというと、これからコーヒーの世界で身を立てるために必要(だと思われる)三つのポイントである。

(なぜ三つか。三つと書くと説得力が上がるのである。これは余談だが)

では、始めます。



(1)コーヒーの勉強(コーヒービジネスもね)
学校に行ってる時分、あまり勉強が好きではなかったという人がどのくらいいるだろうか。やれ年号を覚える、やれ数式を覚える、漢字の書き取りだ物理の計算だと、面白くなかった思い出ばかりが浮かんでくるという人、少なくないのではないか。
しかし、コーヒーの世界に飛び込もうというなら、少なくともコーヒーで商売するに当たっての最低限のお勉強はしなきゃならないと思うよ。大変でもね。
って言うと、たいてい、こんな答えが返ってくるんだよね。
「好きだから勉強なんか苦にならないですよ」
ははあ、そうですか、それならいいんですけどね。ちゃんといろんな分野を勉強しなきゃなりませんよ?コーヒーそのもののことだけじゃないんですよ?
と言うのも、今の若い子の勉強熱心なことは僕も感心するくらいなんだけど、どうにも分野が偏っている気がするんだよね。コーヒーの産地や銘柄、海外のコーヒーカルチャー、ラテアート、こういうことについての熱心さはびっくりするくらいなんだけど、たとえばさらっとでもコーヒーの抽出の科学的な考察をしたことがあるだろうか、日本のコーヒー市場における缶コーヒーの売り上げの割合はどれくらいか調べたことがあるだろうか、コーヒーという食品を扱うに当たっての食中毒の可能性や対策などを網羅的に学んだことがあるだろうか、コーヒーの価格の決定の仕組みやステークホルダーは誰なのか知っているだろうか、そういう、コーヒーをビジネスとして考えたら自然と学ばなければならないことを「後からついてくるだろう」とか「まだそういう段階じゃない」とか思っているのか、はたまた「そういうことは知らなくても問題ない」とでも思っているのか、後回しにしている人が多いような気がする。
こういう勉強は確かに楽しくないという面もある。でもそういうことを知っているか知ってないかというのは恐ろしく違いが出る。すごく詳しくなればそれはそれでいいけども、そうでなくてもオサワリくらい知ってたほうがいい。ほんの少しでも勉強して、誰かと話をしていて話題になったときにウンウンと頷きながら少し気の利いたコメントを言える程度になれば、うんと違うのだ。
コーヒーマニアならコーヒーのことを断片的に部分的に深く知っているということでも問題ない。しかし、ビジネスということになれば、それでは困る。深く知る部分があることはもちろん歓迎だが、なるべく「知らない部分」はツブしておきたい。
たとえば、自家焙煎のカフェオーナーになったとしたら、あなたはメーカーであり商社であり卸売り業者であり小売店でありサービス業であり・・・一人何役もプロとしてこなさなければならないのだから。

(2)自分の本気度をアピールする(まずは名刺から)
「名刺、持ってますか?」と聞いて、持ってる人に会う確率が非常に低いのは残念なことである。なぜ名刺を持たないのだろうかと心底不思議に思うのだ。
たとえば僕は今、自家焙煎店を営んでいるわけだが、もし「いつかわからないけど、カフェやろうと思うんですよ」と名刺を渡されたら、いつかこの人のところに自分とこの豆を売り込みに行こう、って思うはずだ。これは商売人なら誰でもそう思うわけで、あなたが名刺を渡して「いつかカフェを」と言えば相手は「よし、こいつがカフェ作るときは自分ちの商品を買ってもらおう」と思うわけだ。もし相手が個人だったら「へえ、ならこの人がカフェ始めたら飲みに行こうかしら」と思ってくれるかも知れない。
名刺には名前と電話番号だけでもいい。カフェの名前が決まってたら名前を、ロゴもあればロゴを、売り文句があればそれを、とにかく書いて作ったほうがいい。そしてそれは貰った人が「家庭用プリンタで自作かー」と(多少)がっかりする出来のものではなく「おおっ、かっこいい名刺ですねえ!」とびっくりするくらいのものがいい。なぜなら、かっこいい(そして良い紙を使って業務用の印刷をした)名刺はお金がかかる。つまり本気度が違うわけだ。人はなぜか知らんが本気の人を応援したくなるようで、やるかやらないかわかんないような人よりも、石にかじりついてでもやってやるぜ的なオーラを持ってる人のほうが、応援のし甲斐もあるってものなのだ。そのオーラをとりあえず簡単に感じてもらえるのが名刺である。
「店もないのに名刺なんか恥ずかしくて」なんて思わないで欲しい。カフェ準備中ですって書いた名刺刷って持っとけって。そして会う人会う人に配りまくれ。
もしあなたがいつか店を持って、そのときに店を紹介したいのなら、そのとき使うのはショップカードである。でも店があっても誰かにあなた自身を紹介するのは名刺だろう、それは店が無くとも同じことなのだ。あなたを紹介するために、現在のあなたを表す名刺を作るべし。

(3)売り物の評価が正しくできること(カッピング大事)
トッププロがやっていることを真似するのは大事だ。あなたがやっているレベルと、トッププロがやっているレベルは本当に段違いなのだ。しかし、それがわかるのは、あなたがトッププロがやっていることとまったく同じことをして、そして歯が立たなかった(あるいは結果が出なかった、または手に負えなかった)ことを経験した時だ。
しかしなかなか、大きな釜で焙煎したり、3連のハイエンドエスプレッソマシンで抽出したりするチャンスは無い。なかなかトッププロと同じことをしたいと思っても難しい場合が多い。
さて、そこで手軽な例をひとつ。「カッピング」である。
コーヒー豆が少々、グラスが二つ、スプーンが一本あれば出来るので、トッププロがやっていることを簡単に真似することができる。では真似してやってみよう。・・・結果はどうだったろうか。トッププロ(トッププロのカッパー)と同じようにそのコーヒーを評価することができただろうか?
って質問にしてみたけど、出来るわけないよね。カッピングってそんなに簡単じゃない。僕なんかいまだに自信ないし、最前線で活躍するカッパーとの力の差たるや大人と子供だなといつも思わされる。今からコーヒーの世界に飛び込もうって人がトッププロと同じように評価できるわけがないのは自明なのだ。
サイフォンにしてもエスプレッソにしてもペーパードリップにしても、そのコーヒーの評価が正しくできるかどうかというのは、大事である。
魚屋が手元の魚を見て、獲れたてかそうでないか、どんな種類の魚かわからなかったらどうだろう? 刺身にして食べてみて美味いか不味いか、お造りがいいのか煮魚にするなら味噌か醤油か、この魚の味をみて一尾300円で仕入れるのが妥当なのかどうか、そういうことがわからなかったらどうだろう?
どうだろうって困るとしか言いようがないわけだが。
コーヒーも同じことである。手元のコーヒーを見て飲んでその価値に正当な評価を下せなければ、困ってしまう。
魚屋がキレイに見栄えのするお造りを作るのはそりゃ大事な技術だ。しかしその魚が古くて美味しくなくて、それでも値段は高かったらどうだろう? そんな魚屋にまた買いに行こうと思うだろうか?
くどくどは言わないが、カッピングはそういうことだ。自分が扱う商品(コーヒー関係で身を立てる場合、ほとんどどんな形であれコーヒーを商品として扱うだろう)の価値がわからなくてどうする。
それともうひとつ、カッピングというのは言語だと思ってもらうとわかりやすい。カッパーはカッピングという共通の言語でそのコーヒーについて会話することができる。もしカッピングを知らなければ、そのコーヒーについてカッパーとカッピングというレベルでの会話ができない。そういう意味でも、カッピングというのはコーヒー関係のビジネスで身を立てるに当たっては最低限の基礎的な技術であると思うので、どうかがんばって習得して欲しい。


というわけで、三つの大きなお世話なアドバイスは以上です。
だんだん眠くもなってきたし、これ以上長文になると誰も終わりまで読んでくれなそうなので、このへんで終わりにします。
これ以上のことを聞きたければ、どうぞお店まで来てください。これからコーヒー業界に入っていこうってアナタを僕は大歓迎しますんで、僕が出来る範囲でいっくらでもアドバイスいたしますよ。
コーヒー業界とコーヒー文化をいっしょに盛り上げていきましょう!
posted by ホゼ at 22:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月23日

トールサイズ一杯のコーヒーの値段は

トールサイズのブラックのコーヒーを仮に330円とする。
あなたが支払った330円の内訳はこうだ。



というのは「おいしいコーヒーの真実」という映画で紹介された話。
10グラムで一杯のコーヒーが作れるとして、10グラム当たりのコーヒーの価格を、どの段階の人がどれだけ取っているかという計算をするとこうなるわけ。
よく言われる「コーヒーを買っても農家にはほとんどお金が行かない」というのが、この図から導かれるわけ。

ある面では、まさにこの通りである。実際に、カップオブエクセレンスなど価格が公開されているものを追ってみると、先進国のカップ売り末端価格(なんかあぶない言い方だなあw)はずいぶんと高くなっているのがわかる。
わかりやすくするために、10g(カップ一杯分のコーヒーの量だ)単位で話をする。あと、面倒なんで全部円で計算する。もひとつ、一応「おいしいコーヒーの真実」記載の図(冒頭の図)にそって話をする。
生産者から10g当たり3円で売られたコーヒーが、日本に輸出されるときには10gで23円になる。そして日本の商社から自家焙煎店に売られるときは35円になる。それを焙煎してカフェに卸すときは50円、そしてカフェでお客さんに販売するカップはなんと10gあたり330円になるわけだ。
(あくまでもモデルケースです)

なんとまあ産地の人に行くお金の少ないことよ!
もっとフェアな取引をしなきゃならん!
というようなことを視覚的にあらわした図、である。
(ものすごく単純に言えば、です)




しかし、別の見方をすると、別の真実が見えてくる。

お客さん目線で見ると、コーヒー代のほとんどはカフェに対して支払ってるわけね。
カフェで飲むということは、カフェで330円払うっていうことは。

産地の人に3円
現地の流通の人に20円
日本の商社さんに13円
焙煎する人に15円
カフェの人に280円

を払ってるってことになる。お客さん目線で、ね。

そしてその目線を今度はカフェの人目線にする。
カフェの人は、お客さんからいただいた330円のうち、産地の人の3円分、現地の流通の人の20円分、日本の商社さんの13円分、焙煎する人の15円分を代理で受け取ってるってワケ。

お客さんがもしそのカフェでコーヒーを飲んで帰って、不満だと思ったときは、そのカフェは産地の人の3円分〜焙煎する人の15円分に対して不満を持たせてしまったってことになる。
もし産地の人〜焙煎する人まで問題なく素晴らしい仕事をしていたとしても、彼らの努力が水の泡になってしまうのだ。

また、カフェの人はお客さんに対して産地の人の3円分〜焙煎する人の15円分までの責任を負うことになる。堂々と330円をいただこうと思うなら、そのカフェの中でお客さんをお迎えしてからお送りするまでの全てのことに加え、良い産地(生豆)から良い焙煎までの全てにその代金通りの価値を持っているものを選び、お客さんに提供しているんでなければならない。じゃないと、お客さんに対して不誠実だってことになるよね。

なんとまあフロントエンドのカフェの大変なことよ!



とまあ、一枚のインフォグラフィクも見方によって違ったものに見える。
情報は、素直に与えられた面から見るだけでなく、そうでない面をいろいろと探して見てみるとすごく面白いし、その情報を公平に判断することができるね。

僕みたいにひねくれてモノを眺めるという態度も、こういうときには役に立ってるんじゃないかと思う。
皆さんもどうぞひねくれて情報を眺めてみてください。きっとその情報が持つ別の面を見ることができると思うよ。
posted by ホゼ at 10:24 | Comment(8) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

レンタルエスプレッソバー

こんなビジネスができるんじゃないかというメモ。

ウチはエスプレッソ屋なので、エスプレッソ推しになってしまうわけで。
エスプレッソじゃないとダメってモデルじゃないんだけどそこはほら、ウチはエスプレッソ屋だからw

というわけで、ミニマムなエスプレッソバーっていうとどんな感じだろうか。
必要最低限ってことで考えると、エスプレッソマシンとグラインダー、それに冷蔵庫があればエスプレッソバーとしてなんとか営業することができる。スペース的にはミニマムで50センチ四方ほどもあれば可能だろうか。
屋内なら電源はどっかにあるだろうし、水はタンク、排水も何かで受ければ下水につながってなくても大丈夫。冷蔵庫は小型でも冷凍庫付きのヤツなら、アイスドリンクだって氷入りで出せる。

そこで、こういうものを考えてみた。

「エスプレッソバー3点セットレンタル」

エスプレッソマシンとグラインダーと冷蔵庫の3点セットだ。
これさえあればエスプレッソバーになる、という最低限の三つをレンタルしますんで、ほんのちょっとした場所さえあればそこがエスプレッソバーになりますよ、というもの。

これだけならただの機材レンタルなんで目新しいことも何もないのだけど、ここにバリスタも一緒にレンタルするっていうことならどうだろう?
バリスタが淹れる本当に美味しいエスプレッソが明日から飲めるようになる(お金はかかるけど)なんて素敵じゃない?

レンタルしたいというところはたくさんあるだろう。
なにしろカウンターの隅っこを1メートルも空けてあげれば、エスプレッソバーを導入することができるのだ。
雑貨店、美容室、書店、靴店、アパレル、あるいは工場や会社、役所、美術館、水族館・・・ もうそれこそ世の中のありとあらゆる業態で需要がありそう。

課題を整理してみると。

1)もちろんのことながら保健所など関係許可等を取得しなきゃならない
2)ニーズに応じた機材とバリスタを用意してなきゃならない
3)採算が取れるようなシステムにしなきゃならない

うーん、けっこうハードル高い?

まず許可等はとにかく法令を遵守して取るしかない。その場所で出来ないなら、やれないということだ。場所によるだろうなあ。
次に機材とバリスタを用意してなきゃならないってとこ。これ難しいね。引き合いをもらってから、バリスタを探して、その場所に合う機材をそろえるって感じになるのかなー。とにかく人の問題が一番大変そうだな。
三つ目は、レンタルが決定したらもう売れるように考えるしかない。月額いくらのレンタルにするか、基本料を払ってもらってあとは売り上げでまかなうか、それともまったくの独立採算でやるか。これはケースによるだろうけど、毎月ちゃんとお金が入るようなシステムでないと、続かないわけで、ちゃんと考えないとすぐ干上がるということになりそうだ。

難しいかな。けっこう難しそうだよね。
でもちゃんとメリットもあるんだよね。

コーヒーを淹れる側のメリットとしては。
まずバリスタとして一定のスキルがあるにも関わらずコーヒーを淹れる仕事に就けてない人がそこそこいるってこと。少し大きなお店だとホールスタッフのうちバリスタは1割?2割? それではなかなか自分がコーヒーを淹れる番にならないよね。あるいは自分でお店をやりたいけど資金力もキャリアも無いからと踏ん切れない人。すごく身軽に自分のお店を始めることができるね。そして、今まで可能性の無かった場所をどんどんカフェスペースに転化していけるということ。ビジネスの裾野が広がるというか、ここにもカフェ、あそこにもカフェ、というような展開にできる。打倒自動販売機?(笑

レンタルする側のメリットとしては。
やっぱりローコストあるいは無負担で、なおかつ短期に美味しいコーヒーが提供できるってこと。手軽すぎる。これはレンタルした人(店あるいは会社)が自分で楽しむということもあるけど、その施設に来る人のためにもなる。お店などであれば集客効果があるだろうし、会社であればお客様へのすばらしいもてなしになる。そしてその負担は非常に少ないというオマケ付き。

その両者でない、一般消費者としては。
「ええっ?こんなとこで本格的なコーヒー飲めちゃうの!?」に尽きる。どっかの雑居ビル、複合施設、大型テナントモール、その他いかにもカフェが一軒くらいありそうなとこならわかる。しかし美容室に入ったら、古着屋に入ったら、会社を訪問したら、歯医者に治療に行ったら・・・まさかエスプレッソバーがあるとは思わないから、びっくりしちゃうよねー。


ほらね、課題を解決してなお、ありあまるメリットの山。

誰かこれをビジネスとして展開しないかなー? 意外と、いいアイデアだと思うんだけどなー。
posted by ホゼ at 00:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

「コーヒーが毎月届きます」という投資はいかが?

まだ細かいところまで考えてないので、アイデアのベースだけ記録しておく。

僕がお店を作りたいというときにもっとも障害となるのがお金だ。お金が不足している。
その不足分をどうにかする方法を考えると、そもそもここに無いわけなのでどっかから持ってくるしかないわけで。
どっかからというその「どっか」を考えてみたわけなんだけど、普通に考えると銀行とか金融機関だよね。でもそれ以外にも方法ってあるんじゃない?



というワケで、無い知恵を絞って考えたのがこの方法。

「コーヒーが毎月届きます」という投資はいかが?


ざっくりとした内容はこんな感じ。

当店を作るにあたって、初期費用に充てるために投資を募ります。
一口●●円で、口数に応じた数量のコーヒーがご自宅に届きます。

こんな方にオススメ
・起業をバックアップしたい
・美味しいコーヒーが自動的に届くとありがたい

こんなメリットも
・領収書発行しますんで節税にいかがすか?
・当店のウェブサイトに芳名(御社名)を記載させていただきますので宣伝効果があるかもです


やり方としては、興味があるという方や企業にサンプルのコーヒーを送り、そのコーヒーを飲んで美味しいとか将来性があるとか思ったら投資してもらい、その口数に応じたコーヒーを毎月お届けする、という形がいいかなと。
もっと細かいとこ詰めないと、現実的にどうと判断できないような、まだアイデアのタネくらいのレベルだけど、こーゆースタイルで小さい店を始めるという焙煎店があっても面白いと思う。カフェなら、投資額に応じたコーヒーを飲んでいただくというサービスでもいいと思う。


◆     ◆     ◆



え? 「こんなこと考えてるってことは店作るんですか?」ですって?

出すか出さないかって言ったら出しませんよ、だって冒頭に言ってるでしょう、お金が無いんですよw

というわけでエンジェル様、イザというときのために随時大募集中ですよ〜!
posted by ホゼ at 09:01 | Comment(7) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

スターバックスはよく考えられているセルフサービスシステムだ

ちょっと考えさせられる問題があったので。


飲食店でセルフサービスというと、どうしたって「社員食堂」なイメージがある。それも「安かろう悪かろう」とか「効率重視」とか「選択肢が少ない」というネガティブなイメージが強い。吉野家とかすき家とかもコレだろうか。
もしくはマクドナルドに代表されるファストフード店のイメージかもしれない。とにかく早い、安いである。列に並び、コンボを注文する。すぐに奥から温めてある商品が出てくる。決まりきったアイテム(ハンバーガー、ポテト、ドリンク)しか無いので、迷うこともなく精神的には非常にラクだが、つまらない。

しかし、スターバックスはセルフサービスなのに「食堂」「ファストフード」なイメージがない。
それは何故なのか。

一言でいえば「ここでは自分(客)がすべてをコントロールできる」というイメージを植えつけることに成功したからだ。客は常に能動的である。受け身でぼーっとしていると、一生注文できないし飲み物にありつけることはない。もしありつけたとしても、それは平凡な体験になってしまい、ほかの人が得ているような、能動的であるからこそのエキサイティングな経験をすることができないというシステムなのだ。


注文カウンターで自分好みのドリンクをオーダーする。注文に並ぶ列で待っている間にはレジのそばのカラフルなタンブラーやいろんな産地のコーヒー豆が目に入るので飽きない。むしろ待ってるついでに買ってしまいそうになる。
さらに注文カウンターの横にあるクッキーが入ったショーケース。これもついうっかり買ってしまうアイテムだ。
しかしそれらを店員に押し売りされることはない。あくまでも控えめに棚やショーケースに並んでいるだけだ。選ぶ権利はこっちにある。
注文のときには店員に細かく指示を出す。ミルクの温度は、エスプレッソショットはどうだとまるでサッカーの監督がゲーム運びをするようにバリスタを動かす。
飲み物ができるまで、マシンのそばで待つことになるが、これまたサッカーの監督さながらだ。自分の指示通りに飲み物ができるかどうか、バリスタの動きを見張るのだ。
さらに、飲み物を受け取ってからも一仕事待っている。飲み物をさらに細かくカスタマイズしていかなければならない。もちろんスルーしてもいいのだが、自分の好みを追求してオリジナルのカップにすることに、皆余念が無い。

つまるところ、スターバックスが「社員食堂」「ファストフード」と違うのは、誰が支配者かということを顧客が知っているというところなのだ。

決まったメニューの中からボタンを押して今日食べるものを選び、それをカウンターに出して注文した定食が出てくるのを待ち、出てきた定食をただ食べる。
これが食堂である。言い方は悪いが、ただ胃袋を満たすために行くところである。
あるいはすぐに提供できるように紙に包まれて温めてある商品を矢継ぎ早にレジ係りが提供して客を回転させるファストフードは、これまた言い方が悪いが、時間とお金を節約するために行くところである。
どちらにしろ、配給を待つのに近いシステムであり、客は何も考えずに飛び込んで、何も考えずに注文できて、何も考えずに食べることができる。それに加えて、例えば「安い」とか「早い」というメリットもある。悪くないシステムだが、つまらない。つまらない原因は「客は常に受け身」であるからだ。食堂やファストフード店の支配下に置かれ、ルールに則った動きを要請されるからだ。
(もちろんその代わりに得るものもある。食堂やファストフードのシステムが悪いと言っているわけではない)

それに比べてスターバックスは。

お客様は神様じゃないとは思うが、お客様は支配者に見える。店舗のスタッフが客の指示で動いているように見える。



セルフサービスとは、お客さんに自分のことは自分でやってもらうということだ。その代わり値段が安かったり、提供が早かったりするわけだが、自分のことを自分でやらなければならないという義務感は客にとっては不満の種だ。

なんで自分で水をくまなきゃならないの? なんで注文したものを持ってきてくれないの? 
(よその店なら水も注文したものもホールスタッフが持ってきてくれるのに!)

である。

それに対して、スターバックスの客は、極端に言えばこんな感じだ。
飲みたくもない水を勝手に置かれることもないし、注文したものがちゃんとできてるかどうか見届けなきゃならないから持ってきてもらうわけにはいかないね!
(ほかの店では高い料金を取るために恩着せがましく水を持ってきて、見えないところから作りたてかどうかわからないものをうやうやしく持ってきやがるんだ!)



客はバカではない(そうでない場合も時々あるが)ので、損をするのを嫌う。
スターバックスは、セルフサービスなのにあまり安くないが、それでも客が「得をした」と思うようにあちこちに仕掛けをしている。その最たるところが「(客自身が)すべてをコントロールしている」と感じるシステムである。
そのシステムを象徴するのが、有名なスターバックスの企業としての信条「きっぱりとイエスと言う(Just say yes)」である。
客は、自分が満足するようにスタッフに注文する。スタッフはその注文に対していつも「イエス」と言う。場をコントロールしているのは客である。そして、コントロールしているという付加価値があるからこそ、スターバックスは、よそよりも高い料金を取ることができるのである。

スターバックスは、コーヒーを通して人に奉仕する企業ではなく、人を相手にしたビジネスでコーヒーを出しているのだそうだ。

だからこそ、顧客のことをよく考え、顧客にいかに満足してもらうかということに主眼を置いているのだろう(ときどき、コーヒーの味よりも重要だと考えているのではないかと思えるときがあるくらいだ)。
企業の姿勢として大変すばらしいし、その姿勢をもとにこのような顧客満足度の高いシステムを構築した(そしてそれを世界中に広めた!)のは本当にすごいことだと思う。掛け値なしに素晴らしい!



さて、お釈迦様と孫悟空の話がある。例の、世界の果てまで行ったと思ったらそれはお釈迦様の手のひらの上の出来事であった、というアレである。

あれれ?孫悟空は誰?

・・・そんなことはどうでもいいか、美味しいコーヒーが飲めれば。
posted by ホゼ at 18:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

年末のまとめ記事の前に

年の瀬だけど、今年のまとめ記事にあらずです。ハイ。普通の記事です。


ビジネスには二つの側面がある。

ひとつは、相手の財布から自分の財布にお金が移ること
もうひとつは、相手の財産が豊かになること


ウチの商売であれば、コーヒーを一杯売った場合に、

お客さんの財布から僕の財布にお金が移る
お客さんは美味しいコーヒーをゲットして幸せである


となるわけだ。

非常に簡単な話だ。経済とか言い出すまでもなく、誰もがわかっている話だ。
しかし実際のビジネスというのはこの簡単な図式だけで済むってわけではないよね。
なんでかというと、売る人と買う人の二人っきりという状況になりにくいからだ。その取引が周囲に与える影響が必ずあるからだ。
たとえば僕ならどこか商業施設などの敷地内、普通のお店ならビルのテナント内、あるいは一軒家のお店なら町並みの中にあるだろう。
そうすると、お客さんと取引をするということは、その周囲に影響を与えることになる。
もしぼったくりな値段で商売をしたら、僕なら営業している商業施設へ、テナントで入っているお店ならほかのテナントさんへ、あるいはビルそのものへ、一軒家なら隣り合うお店や並びのお店へ、それらは、ひいては居住する皆さんへと、少なからず影響があると思う。それも確実に悪いほうの影響だよね。
いずれそのお店は敬遠されるようになり、悪いうわさが流れ、その周囲を巻き込んで価値の下落を引き起こすわけだ。

これはひとつの例で、実際のその取引がどういう影響を及ぼすかというのは、ある程度想像がついても正確に予測するのは難しかろうと思う。

価格についてもそうだし、商品についても、店構えや宣伝方法、スタッフの質、サービス内容などなど、いろいろな要素がある。それらが、それぞれよそ様に影響してしまうのだから、「この店はオレの店だ、勝手だろ」なんてことは言ってられない。
自分のせいでよそ様に迷惑をかけるのは忍びないよね。

そこで、こう考える。

ひとつは、相手の財布から自分の財布にお金が移ること
もうひとつは、相手の財産が豊かになること
そしてもうひとつ、その取引が周囲に良い影響を与えること


いい感じになってきたけど、三つ目はなんかあいまいな感じだよね。良い影響と言っても、良いとか悪いとか、その基準は人によって違うし、ラインを引くことなんかできないよね。
というわけで、三つ目をこう言い換えてみようと思う。

その取引が周囲の価値を引き上げること


価値を引き上げるとはなんぞや、ということになるが、こう置き換えてみる。

その取引をすることは「寄生」ではなく「(お互いに利益のある)共生」であること


寄生ってのは一方的に利益を得るだけ、(お互いに利益のある)共生ってのは一緒にいることで自分も相手も利益があるってこと。
そのビジネスは、その取引は、寄生になってないか?周りや先人が築いたものを一方的に利用して、その価値を減ずるだけのものになってないか?

そのビジネスをやることが、自分だけの利益にとどまらず、相手にも、そして周囲にも利益になるというモデルであることが大事だろう。
歴史ある都市の顔となるような目抜き通りに、安さだけが自慢の、使い捨てのような店を出すべきではないと思う。いかがわしい内容の会社がいるべきではないと思う。
そこには相応の店が、会社がいないといけない。

そしてこれはビジネスをやる側だけの問題ではない。

消費者は、その店で買い物することが、その会社を利用することが、そのビジネスの取り引きの相手方となることが、街の価値を上げる/下げるということにつながっていることに気がつこう。
寄生しているだけのくだらない店や会社より、街の人たちと、いや街そのものと共生している店や会社を利用したほうが、どれだけ素晴らしいことか。
いつでも、その選択はあなた次第なのである。買い物をする、サービスを受けるときに選択の自由がいつだってあるんだから、消費者も消費行動をするときには街と「共生」してみよう。



年末年始、何かと物入りだったり、外食が多かったり、何かのサービス業を利用したりすることが多くなるでしょ?
せっかくお金使うなら、しっかりとその店や会社を吟味して、ここでお金使えばこの街がもっと良くなる!と思うところにお金を使ってみませんかー?
posted by ホゼ at 16:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

コンビニのコーヒー

お客様が「セブンイレブンのコーヒーが80円なのよ」と。


セブンイレブンのコーヒーというのがわからず、話を聞いてみたら、セルフサービス式のコーヒーマシンでコーヒーを買えるらしいのだ。

へえ、ということでググってみたらこんな感じらしい。

5319816910_07e120ac64_m.jpg

詳しい使い方を紹介していたブログがあるので、紹介しときます。

セブンイレブンでセルフコーヒーしようぜ [ハクチボール]


これ、セブンイレブンの公式サイトに行ってもなんの説明もないんだよねえ。どうなってるんだろ。使い方を載せろとは言わんけど、こーゆーのあるよくらいは載せてもいいんじゃないかなあ。
コンビニなんてめったに行かないから、こんなのがあることを知らなかったよ〜。


さて、これが今、80円なんだそうだ。缶コーヒー以下の値段。バーゲンセールだね。

調べてみると、セブンイレブンのほか、サークルKサンクス、ミニストップにもあるそうだ。
さらにコンビニだけでなくスーパーにもあるらしい。

価格はどこも100円台(がメイン)。安いよね。

これ、缶コーヒーとの競合というより、テイクアウト系のカフェとの競合だと思うのよね、ドトールとかスターバックスとかサンシャインステイトエスプレッソ(笑)とか。

カフェでコーヒーが一杯200円〜400円くらいかな、大体は。

この価格差はすごい。

僕の地元に限らず、イナカ(東京、大阪のド真ん中以外全部)は車社会が基本。車に乗りながらコーヒーを飲みたいという需要は相当あると思う。



基本的にカフェは「その場の雰囲気も楽しむ」という使い方だろう。
しかし場所が自分の車の中となってしまうと、雰囲気とかいう付加価値が途端に減額されてしまう。中身だけの勝負でコンビニのセルフコーヒー100円に対抗できるだけの商品を出してないと、コンビニのセルフコーヒーでいいじゃん、になっちゃう。

テイクアウト系のコーヒーは基本的には缶コーヒーとは競合しないんじゃないかなと思っている。しかし、コンビニのセルフコーヒーは、超強力なライバルになるんじゃないのかな。
posted by ホゼ at 10:30 | Comment(4) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月30日

インハウスセミナーを開催してきました

今日は東京某所にあるけっこう大きめのレストランにて、エスプレッソマシンとグラインダーを持ち込んでのインハウスセミナーを開催した。電源の都合がつかず、100Vマシンを使用。

先方よりのご希望で「エスプレッソとコーヒーについての全般と、どうやったら美味しいコーヒーが淹れられるか」という幅の広い内容。

サービス、ソムリエ、シェフ、パティシエとほとんどの部門の皆さん、10人近い参加者でのセミナーとなった。
こちらは、バリスタ二名と僕(しゃべる担当)の合計三名。

最初に「エスプレッソとは」というような説明から入り、コーヒー一般の説明、スペシャルティコーヒーに関する説明や美味しいコーヒーを入れるベーシックな部分を説明していると、さすが現役のレストランのスタッフだけあって、どんどん熱が入ってきているのが感じられた。
実際に抽出して味を確かめてみるという段になると、バリスタの手元を覗き込み、どんどん質問が飛んでくるようになった。それがまた的確な質問ばかりで、進行しながら「さすがだなあ」と感心してしまうほど。味を確かめても、ちゃんと味を取ってもらっている感じで、普段から味覚を鍛えている人たちというのはすごいなあと思わされた。また、そういう人たちだからこそか、コーヒーに関しても今までおざなりにしてきた部分について出来る部分からどうにかしたい、これを機に勉強していきたい、という気持ちが伝わってきた。

セミナー.jpg

今回、バリスタが二人いたので僕はしゃべるほうに専念でき、見てもらいながらずーっと説明をすることができた。

一通りエスプレッソについての説明と実演、そして味見ができたところで、アレンジドリンクということでロングブラック・・・いや、アメリカーノ、カプチーノ、フレーバードカプチーノを提供し、フリーポアのラテアートや、ピックとソースを使用したデザインカプチーノを作り、それぞれまた味見をしたもらった。

規定の時間を終了したところで、質問を受け付けて終了、片付けに入る・・・つもりが、参加者の皆さんからの質問がかなり長引いてしまい、僕たちは後ろの予定が無かったのだけどレストランは予約など入っているわけで「時間だいじょうぶかな」とこちらが心配してしまうほど、時間がオーバーしてしまった。

そして最後にご挨拶をして帰ろうかと思ったところで、パティシエさんからうれしい差し入れ。
「これ食べてってくださいー!」

334164284.jpg

ごちそーさまでした!めっちゃうまかった!


というわけで、インハウスセミナーも無事終了。




その後、撤収して帰ろうとしたら道が混んでて夕飯食べて少し渋滞が減ったところで帰ろうかと神田(淡路町)の松榮亭でご飯たべて帰りました。このハヤシライスがめちゃうまかったんだけど、それはまた別の話^^
posted by ホゼ at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

いってこい

この用語が全国で一般的なのかどうか知らんけど、同業者がお互いに商品を購入しあうことを「いってこい」と言う。
ま、お金をこちらが使うのが「行って」、あちらがお金を使うのが「来い」なわけだ。説明というかそのまんまだけど。


僕はこの「いってこい」が大好きである。

なんで好きなのかという理由だが、もちろん、おなかが減っているときに同業者の商品を購入しておなかを満たす、という実利的な意味合いもあるし、知らない同業者とお近づきになれたり、親交を深めたり、よその商品を研究したりといろいろな理由が考えられると思う。こちらが購入すればあちらからも購入してもらえるという期待もあろう(これは逆に向こうが先ならこちらが購入するだろうという期待を向こうが持つという諸刃の剣だが)。

しかし、僕がこの「いってこい」を好むのはただこの一点の理由からである。




「非ゼロサム」であるから。




wikipediaより抜粋
非ゼロ和(ひゼロわ、非ゼロ和ゲーム、非ゼロ和的状況、ポジティブ・サムゲーム)とは、複数の人が相互に影響しあう状況の中で、ある1人の利益が、必ずしも他の誰かの損失にならないこと、またはその状況を言う。

この点が、ある人が勝つと他の誰かが必ず負けるというゼロ和とは異なる。非ゼロ和的状況は、獲得しようとする対象が、固定的でない、もしくは限定的でない場合に起きる。その状況の参加者の間で、資源を分配しあうというよりは、資源を蓄積していく状況に当てはまり、そこでは、ある人が利益を得たことと独立して、他の人も利益を得ることができる。






わかりやすい設定で説明してみよう。

商店街には11軒のお店がある。それぞれ1000円の商品を販売している。原価は100円である。現在、在庫は10個ある。

ある日、この商店街にはお客さんが一人もこなかった。そこで、商店街の店主たちはほかの店全部で1個ずつ商品を購入することにした。



それぞれの商店には、1000円の財産がある。内訳は、【100円(商品一個の原価)×10(在庫数)=1000円】である。

商店は11軒あり、自分のところを除いて一店一個ずつの買い物をするとなると、

・それぞれの店は10人の客が来る

・それぞれの店主は10件の買い物をする

ということになる。するとどうなるか。

各商店は一円も使わずに財産を増やすことに成功してしまうのだ。

10軒で1000円ずつ買い物をするということは、合計10000円必要になる。しかし、10人のお客さん(他の店主)が来て1000円の商品を一人一個買っていくわけだから、10000円の売上がある。つまり、

・使うお金と入ってくるお金は同額

ということになる。差し引きゼロ円である。

この日、商店街にはお客さんが来なかったわけだから、売上はゼロ、お店でじーっと店番していたとしたらお金を使わなかっただろうから、支出もゼロ円の可能性が高い。つまり「いってこい」をやらなくても差し引きゼロ円であったろう。



ではこの「ふたつの差し引きゼロ円」は何が違うのか。



最初、お店には財産がいくらあっただろうか。そう、1000円である。

売れていない商品の原価100円×10個である。

しかし「いってこい」をやったあとのお店の財産はいくらあるだろうか?

1000円の商品×10個=10000円である。

いいいいい一万円??あっという間に千円が1万円に化けた。しかもコストゼロ。お互いに買い物をしただけで財産が10倍に増えたのである。狐につままれたような気分だ。

まるで魔法のようなデバイスである。革新的な効果をすぐに体験してください。しかもなんと無料で。



もちろん、厳密に考えるとこの理論にさまざまな反証ができるだろう。しかし、間違いなくこれは言える。



お買い物という行為自体が「非ゼロサム」なのである。もし10000円の買い物をして、10000円の商品が売れていれば、お金の流れだけを見ればお店の差し引きはゼロかもしれないが、お互いに財産は増加しているのだ。(←ここがミソ)




一見無駄に思える「いってこい」という習慣、実はちゃんと理由があったんだねー。
というわけで、僕の大好きな「いってこい」、皆さんも意識してはいかが?
posted by ホゼ at 09:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

よろずやカフェ@過疎地

ちょっと衝撃だったニュース。


●『乗り合い買い物ツアー」でふれあい助け合いの里づくり』
 〜大川地区社協の取り組み〜
高齢化・過疎化が深刻化し様々な地域課題を抱える中で、買い物や通院の足に関する課題を解決していくための取り組みです。今回はある日の「乗り合い買い物ツアー」に密着してみました。!


その記事がこちら(Vol.37にこの記事があります)

p2-3.jpg

聞けば町に商店など一軒も無く買い物に行くことが困難な人たちがいるそうで、とくに農村部、過疎地といわれるエリアに多いとのこと。

「買い物難民」と言われる人たちが発生してしまうのは仕方がないだろう。ここではその発生の原因やセーフティネットの有無、行政の是非については論じない。発生してしまっていることは間違いないし、これからどんどん増えていくのも容易に想像がつく。


さて、この状況を若い世代の力でなんとかしなきゃならんというときに、コーヒーでなんとかならんのかな、と考えてみて、コーヒーでなんとかなりそうだというところがコーヒーバカのバカたる所以である。でも、かなりマジメに考えてみた。


昔はどんな集落にも一軒や二軒、よろずやという店があったものだ。
生活雑貨から切手から食料品までなんでも売っている。だから「よろず」や。集落の人はそこに行けばなんでも買えるし、もし無ければそこにお願いして取り寄せてもらったりするわけだ。とりあえず、集落にはそこしかないし、遠くまで買い物しに行くなんてよほど特別なことでもないと行かないし。

そこに現代版よろずやですよ。
集落の買い物を一手に引き受ける。今はネットでモノが買えるから、そんなに在庫を置く必要が無いわけで、歩いて来れる範囲の数十世帯、多ければ100世帯くらいの買い物を受けて、アマゾンなり楽天なりで買い物して、引き渡す。お届けでもいいし、週一回くるお客さんならそのとき渡してもいいだろう。これらの手数料がよろずやの利益となる。しかもそこはカフェ。カフェではオシャレすぎるというなら井戸端会議所。お茶、コーヒーなどとお茶菓子を出して、集える場所にする。もちろんこれらの売り上げからも利益が出る。
集落には必ず○○会、○○団なるものがある。そういうところはたいてい集まりがあるわけで、そのときにも使ってもらおう。これでまた利益が出る。

全体像をもう一度整理してみると、
・インターネットが整備されている
・ある程度の広さの敷地に、ある程度の広さの店内、物販スペースと喫茶スペースを設置
・車かバイクで配達できる店員
・簡単な食事と喫茶ができる厨房

これ、農家の納屋程度で全然オッケーだと思う。
そしてこれをやるのも農家の次男坊三男坊、あるいは農家の娘さん。
なぜかというと、農家の廃業率って結構高いんだよね。もう続けられません、ってことで農地を貸して自分自身は農家を辞めちゃう。そうするとどうなるかというと、農家の息子さんたちは単純に家を継ぐってことが職にありつくってことじゃなくなっちゃう。しかし田舎には職が無いってことでどんどん都会に出て行っちゃうわけ。
そこで、そういう人のなかでこんなことやってもいいなあと思う人がいれば、十分一人くらい食ってけるんじゃないかなと思うんだよね。給料として30万欲しいって思えば、100軒の人たちにしてみれば一軒当たり月に3000円の手数料や飲食の粗利分を負担すればいいってわけ。みんながそのよろずやで買い物するとしたら、利益を1割乗っける計算で、毎月3万円の買い物をすればいいわけで、あっという間だよね。

もしこんなビジネスモデルが成功するなら、集落につき一軒、なんだったら二軒くらいはよろずやがあってもいいだろうから、日本中でどれだけの雇用が創出できることか。




えーっと、カフェじゃなくてもいいじゃん、ってツッコミは無しの方向でお願いしますw
posted by ホゼ at 22:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

日経レストランの記事に関する考察。

日経レストランの記事に関する考察。

たいして長い記事ではないので、全文を引用してから始める。



焼き鳥店で水だけを飲むお客

明けましておめでとうございます。編集長の三橋です。
本年も、引き続き「日経レストラン」をご贔屓のほど、よろしくお願い申し上げます。

さて、2011年はどんな年になるのでしょうか。国内経済は、緩やかな回復基調をたどるというのが、多くの専門家の見立てです。外食産業も今年の干支のうさぎのように飛躍する年になってほしいと思いますが、この年末、ちょっと“不吉な”光景を見てしまいました。

忘年会のピーク期が終わり、街に落ち着きが戻った12月29日の夜、私は親友と2人で、馴染みの焼き鳥店で飲み食いをしていました。そこに入ってきたのは若いカップル。「お飲み物はいかがなさいますか?」という店員に、カップルの男性の方が「お水を2つください」と答えました。

その後、2人はおつまみ少々と串焼きを数本、そして親子丼を平らげて1時間ほどして店を後にしました。その間に2人が口にしていた飲み物は最初に頼んだ水だけ。店の女将に「水で焼き鳥とは珍しいね」と声をかけると、「最近、多いのよ。(ペットボトルの)水にだって原価はかかっているんだから、あまり気持ちのいいものじゃないわ」との答え。嘆息する女将を「せこい」とはとても思えませんでした。

もちろん、カップルは2人ともお酒が苦手なのかもしれません。でも、その店のメニューブックにはウーロン茶などのソフトドリンクも載っています。
にも関わらず、無料の水だけしか頼まないというのはやはり“違う”と感じました。お客にはお客としての作法があると思います。

女将によると、無料の水や緑茶を頼んで、有料のドリンクを注文しないのは、若いお客だけでなく、年配のお客にもいるそうです。「何とかならないかしら」という女将に、「お水はペリエかティナントになります、と言ってお金を取ったら」と答えましたが、「水道水をくださいと言われるのがオチよ」と女将。確かにそうですね。宿題を抱えたまま年を越してしまいました。


元の記事はこちら

以前に書いた通り、お店とお客の関係は対等である。なぜなら「お店が提供するモノやサービス」と「お客が提供するお金」は等価であるからだ。

これは、床屋と八百屋がお互いに物々交換すると思えばわかりやすい。

床屋が八百屋の頭を刈る代わりに、八百屋は床屋に大根5本とジャガイモを1キロ渡す。お互いに満足であれば、この交換は等価であるということだ。

床屋が頭を刈る代わりに千円を渡してもいいのだが、その場合は床屋は「千円」と「大根5本とジャガイモ1キロ」が等価であり、「八百屋の頭の散髪1回と千円は等価だな」と思っているということである。

この場合、原価がいくらとか、人件費がいくらという計算は必要無い。お互いに「これとこれを交換することは等価だ」と同意して交換している、ということが本質である。



さて、これを踏まえてこの編集長と女将の遭遇した一件を検証してみよう。

当たり前だが、状況が端折られているため、詳しい状況がわからないので、僕の推測が混じっている。見当違いなところもあろうが、文章から一般的に読み取れる状況を想定して考えてみる。



まずこのくだり。


店の女将に「水で焼き鳥とは珍しいね」と声をかけると、


焼き鳥には何なのだろうか。日本酒?焼酎?ビール? ・・・正解は無いだろう。ワインが合うんだという人もいるだろうし、いや焼き鳥にはカクテルが合うんです、という人がいてもおかしくない。しかし、この場合は「焼き鳥と合う飲み物は何か?」という話をしているわけでは無さそうだ。


無料の水だけしか頼まないというのはやはり“違う”と感じました。


何が合うかということではなく、「無料の飲みもの(つまり水)しか頼まない人って珍しいね」と言っているわけだ。そりゃ珍しいだろう、何しろ焼き鳥屋である。一般的に言えば、焼き鳥屋というのはお酒を飲むというところに重点を置いているところである。大抵の場合、価格帯は低めで薄利多売であることが多いだろう。そしてそれをお店側はもちろん、お客だってわかっている。

そんなお店に入って無料の水だけしか(飲み物を)頼まないというのは、編集長は「違う」と感じたわけだ。すなわち、編集長は「焼き鳥屋というのは大抵じゃんじゃん飲んでもらって利益を稼いで、その代わり焼き鳥などのツマミはそこそこ原価がかかっているけど値段はそこそこにして、全体的にお値打ち感を出しているわけだから、このカップルみたいに原価の高いツマミだけを注文して、ドル箱の飲み物を注文しないというのは『違う』でしょう」と感じたわけだ。

さてこのカップルである。何を思ったか腹が減っているときに、年末の夜に数ある料理店をスルーしてこの大衆的な焼き鳥屋に入って、そばに日経レストランの編集長がいることも知らずに水をもらって焼き鳥と親子丼を食べてしまったからさあ大変。


お客にはお客としての作法があると思います。


とバッサリやられてしまった。



・・・え、バッサリやられちゃうの?



ゴハンを食べる場所(主にレストランや食堂、定食屋、ファストフード店など)をスルーしてご飯を食べに焼き鳥屋に来たというだけで、店側としてはかなりうれしいお客であるはずなのである。なにしろ、このカップル、最初に「水ください」と言っている時点で飲む気が全く無いはずなのだが、クリスマスに鳥を食べ損ねたか、食事をする場所に焼き鳥屋をチョイスしている。店にとってみれば「見込み客」では無いわけで、予想外の収入となっただろう。更にうれしいのは、馴染みである編集長が長っ尻しているわけだから店は割と空いていたはずで、その中を1時間ほどで帰っていったというのは行儀が良い客だ。年末のカップル客などというのは黙ってても長居するっていうのが相場だろう。

この、本来なら歓迎されるべきカップルがバッサリとやられたのはナゼなんだろうか。

前後の文脈から、この「作法」というのは、一般的な「飲み屋」という形態なら利益の稼げる「ドリンク(アルコールであるかどうかは問わず)」を注文して、お店に一定の利益を提供する」ということのようだ。ちなみにこのカップル、オツマミを少々と串焼きを数本、親子丼を一杯平らげている。金額としては一人千円では上がるまい。二人で三千円くらい使っているのではないだろうか。しかも滞在時間が1時間ということは回転も「悪くない」のである。数人で飲みにくれば、チューハイに串焼き2本くらいしか注文していない人が一人くらいいるだろう。おなか一杯だが付き合いで来たとか、あんまり気分が乗らないのにラチられたとか、ほかの人の影に隠れて見落としがちだが、全員が全員がぶがぶ飲んでたらふく食べているわけではないのだ。

その点、このカップルは回転率も落とさず(むしろ焼き鳥屋で1時間で出れば回転率を上げる方に寄与しているだろう)、客単価も著しく落としているということも無い。しかし、問題なのは「利益のドル箱であるドリンクを注文していない」というところである。食べ物は飲み物に比べて手間がかかる。同じ値段なら食べ物を提供したほうが人件費もかさんでしまう。つまり、売上には寄与したが利益率を下げている、というところを編集長にバッサリやられたわけだ。

飲食店に限らずだが、売上がどれだけあっても、利益が無ければその商売は続かない。なにしろおまんまにありつけないからだ。社会人なら、売上ではなく利益が大事、ってのはなんとなくわかると思う。

利益のドル箱である「ドリンク」を注文してもらうため、言い換えれば「ドリンクを注文しないで水をもらう客からドリンク代をいただく」ために編集長はこう言っている。


女将に、「お水はペリエかティナントになります、と言ってお金を取ったら」と答えましたが、「水道水をくださいと言われるのがオチよ」と女将。


チャンチャンである。この記事がこの後編集長の独り言めいた締めで終わるわけで、まさにこのくだりがこの話のオチになっているわけだ。



店とは、お客のお金を貰うためにモノやサービスを提供するところである。お客のお金をモノやサービスで買う、と言いかえても良い。

編集長は、お客はお金を払いだす自動販売機だと思っているようだ。一定のモノやサービスを用意して待ち受けていれば期待通りの作法で振舞って(注文して)お金を払ってくれる。そうでない客は「欠陥品」。これは、一方からの見方しかしていない証拠である。





お客は、お店に入って、数あるモノやサービスの中から自分が必要で、しかも納得できる範囲でモノやサービスを貰う代わりにお金を提供する。

「僕達が欲しいのはオツマミと串焼きを数本と親子丼です。それが食べられれば、3000円払います」



お店は、お客が来たら、いっぱいサイフに入っているお金の中から、自分が必要で、しかも納得いく範囲でお金を貰う代わりにモノやサービスを提供する。

「私達が欲しいのは3000円です。それが貰えればお酒を2杯とオツマミと串焼きを数本提供します」



お互いの思惑が違うとこうなるわけだが、それは、お互いの思惑が違っているということに過ぎず、作法がどうとか、セコいとか、気持ちが悪いとか、原価がかかるとか、そういうことではないのだ。
床屋と八百屋ではないが、お互いに等価だと合意して交換できていればいいわけだ。

そもそも形が違うもの(お金とモノやサービス)を交換するわけだから、お互いに交換するには最大公約数的にならざるを得ない。そのために目安としてお品書きがあるわけだ。その目安を元にお客は必要で納得いくものを購入する。逆に言えば店はお品書きを書いておくことでお客のサイフの中身を、必要なだけ、納得いく範囲で狙っていくわけだ。

この元の日経レストランの記事に違和感を覚える部分はどこかと言うと、この編集長の言う「作法論」だろう。お店側からのそんな勝手な作法が通じるなら、お客は「こんな不況で飲みにきてるんだから、お店は会計時に3割は無条件で値引くのが作法だ」と言い張ってもいいかもしれない。





さて、終わりに、この元の記事にもう一つ苦言。

水しか頼まないで焼き鳥屋に来る客というのは本来想定していない客であることは明白である。そんな客が来たことを迷惑がり、水に値段を付けようかという発想が既に暗い。暗すぎる。暗黒である。

狙った層ですらなかなか来てもらえないという状況で、狙っていないのに向こう様から出向いてくれるなんていうのは、臨時収入であり宝くじに当たったみたいなもんである。編集長は「不吉」と言うが、これはむしろおみくじで大吉引いたみたいなもんだろう。そういう客に「次から来ないでくれ」と言わんばかりの、水の有料化など、何を考えているのかわかりません。むしろそういうターゲットがいるのだとわかったら「水でも焼き鳥食べにきて」というキャンペーンでもやったらどうか。同じ利益を上げるために、水を有料化するよりよほど良いと思う。



以下、筆者の推測

※丼モノがあるということで立ち飲み焼き鳥屋ではない

※メニューブックに緑茶があるにもかかわらず、食事にお茶はどうかと言っていないので、お酒に重点を置いた店である

※ペットボトルの水と言っているところでこぢんまりした店

※水で焼き鳥が珍しいのだから、焼き鳥で売っている店でもない

※文脈から、薄利多売、しかも価格帯は低めの大衆焼き鳥屋である
posted by ホゼ at 19:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

yenとsmile

お客様からいただけるもののうち、ありがたいものは主に二つ、yenとsmileだ。

ありがたくないものは、例えば罵倒だったり、損害賠償請求だったり、ネットに悪口だったりといろいろあるが、これは今回のテーマと関係が無いので、割愛する。そんで、こういうのをいただくような商売にしたいと思っている人もいないだろうから、前向きにこういうのをテーマにして記事を書きたくないなあ。 ・・・閑話休題。



さて、yenとsmileは、商売をやっていくに当たり、毎日をなんとかやりくりするために最も大事な二つの要素である。

yenが無ければ、支払いができない。自分が食べるものも買えない。つまり、商売が行き詰るか自分の人生が行き詰る。どっちにしろ継続していくには難しい状況になる。yen大事だね。
ここは誰でもわかるところ。当たり前だけどその商売で収入が無ければ、その商売単体で継続していくことはできない。yen大事です。ガンガン稼がなきゃ、どんなにいい事業だとかいい商売とか胸を張っても継続できない。
yenは毎日の商売のガソリンみたいなもんです。ハイ。


片やsmileはどうだろう。

smileがもらえなくても大丈夫な商売というのがある。例えば市役所。住民票を取りに行くのに「うちんとこの市役所はサービス悪いし無愛想だから隣の市の役所に行ってくら」というのは出来ない。どんなに無愛想でサービスが悪い職員に当たろうとも、どんなに待たされても、自分のとこの市役所に行くしかない。
当然、お客さんは愉快ではないわけだからsmileは無い。でも、この商売は廃れることなく続いている(続いているどころか、建物が古くなれば建て替えるし、給料は不況でも上がるし、成長産業と言っても良いだろう。お役所に限らず国が保護している産業なんかはみな似たり寄ったりだ)。
というわけで世の中、顧客からsmileがもらえなくても大丈夫な商売というのがある。

あるからと言って、あなたは毎日、顧客からsmileをもらえないような商売をやろうと思うだろうか?

・・・僕はとてもやれる自信が無い。


何かを売る、それが無形のサービスだろうが形ある商品だろうが智恵だろうが労力だろうが、何かを売るときに顧客が支払うのがyenだけだとしたらどうだろう?それは一種の自動販売機ではないだろうか?
もちろん、対価としてのyenは貰うに決まってる。しかし、対価を払うだけではなく、そこにsmileがくっついてくるからその商売をやる気持ちになるのだ。
これは小さな商売だけではない。例えば、Apple社はとても沢山の人のsmileを貰っていることだろう。直接Apple社の社員がそのsmileに出会うことは少ないだろうが、世の中にあふれるさまざまな楽しいもの、便利なものがApple社の製品の恩恵を受けている。そしてそれらを使った人の顔が自然とsmileになっている。これは何もApple社でプロダクトを企画したり製品化した人だけのものではない。財務を担当している人でも感じられることだろう。ああ、私の勤める会社はこんなにも人を幸せにしてるのか、とね。
もちろん小さな商売ならもっとダイレクトだ。焼き芋屋さんを呼び止めて芋を買う。寒い夜にこれほどの贅沢はそうそう無いと思う。顧客は温かくて甘い黄金色の憎いヤツを手にして、数百円とsmileを支払うのだ。それこそ数百円とは思えないほどのsmileがもらえるかもしれない。喜ぶお客さんの顔を見て、寒い中、芋焼いてて良かった、と思うだろう。
これがあるから、Apple社ではみんな素晴らしいプロダクトを世に出そうとして頑張るのだし、焼き芋屋さんは夜な夜な寒い中リヤカーを引っ張るのである。

yenが商売のガソリンなら、smileは商売人のガソリンなのである。



チマタにはこんな言葉が飛び交っている。

「顧客満足度を上げれば、利益はついてくる」

ビジネス書によくあるフレーズだ。
これを見るたび僕はこう思う。

「マジで言ってるの?顧客満足度が低い商売なんかよくやってられるね!」

利益が低い商売というのは、がんばればまだなんとか続けられる。商売そのもののガソリンが足りないわけだから、例えば借りるなり、経費を下げるなり、工夫次第で商売の延命は可能だ。
しかし、顧客満足度が低い商売ってどうなのよ、と思う。商売人のガソリンが足りない状態だ。顧客が満足してないから、もちろんsmileはもらえない。そんな状況でよくやってられるね!と思うわけ。
顧客満足度は高くて当たり前でしょう。顧客からsmileが貰える商売なんだけど、どうもyenが足りないんだよね〜、というのが悩みならわかる。smileもyenも足りないんだよ!というのはもう辞めちゃえよと。
smileが無くてしんどいけど、yenがまあまあ入ってくるからとりあえず続けるよ、というほうがまだ健全な話だよね。

smileがあるのが当たり前なんだよね。だってsmile欲しさに商売やってるんですよ。yen欲しさに商売やってるんじゃないでしょう。

smileを欲しがっているのは商売人、yenを欲しがっているのは商売そのもの。




極端な話、とっても素晴らしいサービスやプロダクトをタダで配ればsmileがたっくさん貰える。顧客がすごく喜んでくれればこっちもうれしいよね。顧客が喜んで嬉しくないって人はいないよね。でもそれじゃ商売そのものが成り立たない。そういうこと。



だから、yenを追求しましょう、ということ。



smileはもともと欲しているわけだから、これ以上ことさらに欲しなくてもいい。そもそもsmileが貰えると思ってその商売を始めたのではないか。
しかしyenはよほど欲しい欲しいと思わなきゃたくさんはもらえないよ。smile以上のyenを貰うのは難しい。(yen以上のsmileはよくもらえます)

というわけで商売をやっていくならどんどんyenを欲しがりましょう。ガンガンyenを欲しがりましょう。これって全然イヤシイことじゃありませんよ。なにしろyenがないと商売が干上がっちゃいますから。
posted by ホゼ at 19:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

名刺代わりのコマーシャルビデオを作る!

こないだ、某グルメハンバーガー屋オーナーと話をしていたときの話なんだけど、その彼がお店のプロモーションビデオを製作するって言うのね。
作ってどこで流すのかと思ったら、友人の結婚式で使うらしい。まんまテレビのコマーシャルのノリで、例えば「新郎の生い立ちビデオ→CM(ここにプロモーションビデオ)→新婦の生い立ちビデオ」というように挟むらしいんだ。

一本ビデオを作って、そこで流すほかには「店内で流そうかな〜」くらいの利用方法しか思いついてないみたいで、馬鹿なことやるんですよ〜というノリで話をしてくれたんだけど、これ、意外と広がる話なんじゃないかなと思う。



外食産業、飲食業界でコマーシャルを作るというのは、ほぼ大手に限られる。だって、テレビにCMを打つってのはお金がかかるからね。
んで、カフェやロースターなどからローンチされているビデオはどういうのが多いかというと、例えばエデュケーション的なビデオやハウツー的なビデオが多いのである。

秀逸なのを一つ貼っておこう。



かっこよすぎる。でもこれ、コマーシャルじゃないよね。

いわゆるテレビで流れるようなコマーシャルを作ってみたい。
それをどうするか。もちろんテレビに出すなんてのは費用的に無理。そもそもそんなクオリティの作るのは、作る費用だけでも相当なもんになりそう(いくらかかるか知らんけど)。

どうするかというと、携帯するわけ。iPadに、iPhoneに、スマホに、今や普通の携帯電話にもビデオを見る機能がついてる。それらモバイル機器に入れといて、見せるわけ。気に入っていただければそれを差し上げる(youtubeのアドレスでもいいし、メールに添付してもいい)。名刺代わりにコマーシャル交換なんてのがあってもいいよね。お互いに15秒ほど相手のビデオを見る。それで何をしている人なのか、何が売りなのかがわかる。

名刺を差し出しながら、
「牛久の駅前で移動カフェをやってまして、ちょっと古いルノーにシモネリのエスプレッソマシンとコンパックのグラインダーを積んで、あ、シモネリは赤いヤツです、イメージカラーが赤なので。エスプレッソバーという感じです。イメージは・・・えーっと後でウェブサイトにアクセスしてもらえればわかるんですが・・・」
長いよ、長い。長い上に伝わらない。

これが、画面を見せながら15秒。
「当店のコマーシャルです。15秒ほどお付き合いください。 ・・・お、そちらのコマーシャルですね、拝見させていただきます」

まさに百聞は一見にしかず、である。名刺交換の代わりにビデオ交換、そんな日が来るかもしれないから、さっそくコマーシャルビデオを作ることにしよう。

これを読んでるみんなも、コマーシャルビデオを作ってモバイル機器に突っ込んどいてください。そして僕と会ったら名刺交換の代わりにビデオ交換、これからはこれで行きましょう!



って、無理あるなw

でも、これだけモバイルでなんでもかんでもこなす人が増えてきたら、紙の名刺なんていつまでも持ってる必要無いよなあ。いずれ、ビデオ交換になるかどうかはわからんけど、挨拶で四角い紙を交換するという形態は変化していくと思う。いつまでもそんな形態にこだわる必要、無いもんね。名刺そのものが進化していくのか、全然違うものに置き換わるのかわからんけど、時代が変われば挨拶も変わるよきっと。
(そういや昔、音の鳴る名刺とかあったなw 全然はやらなかったけど)




なお、サンシャインステイトエスプレッソのコマーシャルビデオは本気で作る予定なので、出来上がったらそっちのブログやウェブサイトで公開しますねー!
posted by ホゼ at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。