2014年06月09日

ブログ移転のお知らせ→longblack.info

longblack.info

ブログ移転のお知らせです

いつも読んでいただいている奇特な皆様へお知らせです。

ブログが移転致しました。新しいurlはlongblack.infoです。

ぜひlongblack.infoをクリックしていただいて生まれ変わったlongblack.infoのコンテンツをお楽しみ下さい。
なお、longblack.infoでは本ブログの過去ログも全て移してありますので、安心してlongblack.infoにいらしていただいて、従来通りlongblack.infoをお楽しみいただけます。

なお、こちらのブログはこの記事を持ちまして更新を修了致しますので、このページをご覧の方は、ブックマークをlongblack.infoにしていただく、rssリーダーにlongblack.infoを登録していただくなど、よろしくお願い致します。

以上、新しくなったlongblack.infoのホゼがお送り致しました。長らくseesaaでお付き合いいただいた皆様、今後はlongblack.infoでお会いいたしましょう!
posted by ホゼ at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

このブログを月曜更新と決定しました。目標を達成すべく一生懸命がんばる所存であります。

ええもうこうでも書かない限り、定期的な更新が成されない(ほどに僕の意思は貧弱はなはだしい)ので、ここで公言します。
このブログは月曜に更新されます!がんばります!



え? 月曜とは書いてあるが毎週とは書いてないって? いやそれはゴニョゴニョ・・・
posted by ホゼ at 15:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月18日

コーヒーを美味しく飲むには

えーっと、コーヒーを美味しく飲む方法です。

このブログを読んでる人は、もう耳にタコな話かもしれません。

このブログでも、淹れ方についてそれっぽい記事を書いたことがあります。しかしそれはそれとして、ちょっと書きたいことがあるのです。ひとりの消費者として、コーヒーはこうしたほうが美味しく飲めるんですよと。

◆   ◆   ◆


コーヒーを美味しく飲む方法というのは、もう昔っから各種メディアやインターネット上で紹介されているし、論じられている。出尽くした感がある話題であり、それを大上段に構えて「コーヒーを美味しく飲むには」なんてブログ記事を書くなんて今更感が激しいことこの上ない。
いつも巡回するブログやサイトを見ても、大なり小なり取り上げ方に差はあれど、たいていのコーヒー関係のサイトではおすすめの淹れ方を紹介している。長年の経験による方法、最新の機材や淹れ方の紹介、それらを読んで、なんとなく平均を取れば、それなり以上に美味しいコーヒーが淹れられるんではないかと思う。

そこで「コーヒーを美味しく飲むには」なんて二番煎じもいいとこだ!蛇足!なんて声が聞こえてきそうではあるが、まあそこはほら、ビバ!ロングブラック!的コーヒーの美味しい飲み方ということで少しの間、お付き合いください。もしかしたら、目からウロコの新しい発見があるかも!?(効果には個人差があります)


まず、なんでこの記事を書こうかと思ったなんだけど、よくあるタイプの「コーヒーの美味しい飲み方」を読んでいつも不満に思うことがあるんだよね。それは「今それ聞いても役に立たねーよ!」ってこと。
だいたい、僕はズボラであり、めんどくさがりである。たとえばコーヒーを飲もうと思ってふと「コーヒーってどうやって飲んだら美味いんだろうなあ?」ってグーグル先生に聞いてみるタイプだ。そのときにこんなこと言われても、時すでに遅しなんだよね。
(以下に出てくる僕は「僕(仮想)」ということで、ただのコーヒー消費者であるとします)

「家でコーヒーを淹れようと思ったときにふとグーグルで美味しいコーヒーの淹れ方を検索した結果の上位に出てくるサイトでよく見るタイプのアドバイス(と、それを見た僕の反応)」
・一人分120tで、コーヒーの粉は10gです(←ハカリが無い、あるいは出すのが面倒くさい)
・お湯の温度は92度(←温度計がない)
・軟水で(←どうやって調べるんだよ)
・購入してから2週間で飲みきりましょう(←いつ買った豆かすでにわからなくなってる)
・ペーパードリップなら、中粗挽きで(←中と粗の中間が微妙でわからない)
・口の細い専用のポットで(←持って無い)


書いてるとキリがないのでこのへんで紹介を終わりにしたいが、結局こういうことというのは「今飲むコーヒーを美味しく淹れるために」という場面で知ってもたいして役に立たないのだ。
もちろん、これから器具をそろえてコーヒーを買っていつか美味しく飲むときに最高の状態で飲みたいという方には、非常に役に立つ。それはわかる。しかし、ズボラでものぐさな人が「どれどれ?」って検索したときにこんなこと読んでも時すでに遅しなんだよ。

というわけで、ズボラでものぐさなアナタへ朗報です。今飲むコーヒーを少し美味しくできる方法をば、お教えいたしましょう。読んでコーヒーを飲みたくなったら、まさに今、役に立ちますよ。素晴らしい。
(なお、以下一杯分のコーヒーを淹れる手順を紹介しています。もし二杯分以上の場合は、適宜読み替えてください)

まず、いつも淹れるように器具などをそろえよう。
このときに注意したいのは、美味しく飲むためにはいつも通りじゃちょと力不足だってこと。
いつも飲むカップがシブなどで汚れてるとか、フチが欠けてるとか、惰性で手前にあったカップを持ってきたとか、そういうのはダメ。美味しく飲むんだから、いいカップで飲もう。
客用のとっておきのがある? じゃあそれで飲もう。 なにかのロゴかなんかの入った非売品のカップを飾ってる? せっかくだから使おうよ。 箱に入ったやつがあったっけ? 出そう出そう。新しいのおろしてみよう。 同じコーヒーを飲むんでも、いままでとは違う気分に(しかも、いつもよりもすごく「いい気分」に)なるに違いないから。
それと抽出器具。ペーパードリップなら、(1)ペーパー (2)ドリッパー (3)カップ これだけしかない。しかないけど、ここにひとつ工夫をする。(4)清潔なスプーン(ティースプーンでOK。あれば計量用のスプーン)と、(5)小ぶりのカップあるいはコップ、それと、(6)それらを載せるトレイまたはお盆あるいはテーブルクロスなど、を用意する。

これで抽出するための道具はそろった。配置はこうだ。

あなたがコーヒーを飲む場所(デスクかもしれないし、ソファの前の小さなテーブルかもしれない。ダイニングかも、庭に置いたガーデンテーブルかもしれない。とにかく、くつろいでコーヒーを楽しめる場所であればどこでも!)に、いま書いたものをセットする。お盆(トレイ、テーブルクロス)の上に、ペーパーをセットしたドリッパーと、スプーン(これは2本あるとなおいい)、小さなカップかグラス、そして今日のコーヒーを楽しむためのカップを置く。バランスよく、きれいに配置しよう。

次に、コーヒーを楽しむための準備をする。
コーヒーを飲むにはコーヒーと口(と胃袋)があればOK、というような単純なものではない。いや、飲むにはそれで事足りるのかもしれないが、楽しむためにはもうちょっとだけ、工夫が必要だ。
まず、食べるかどうかは知らんが軽くつまめるものを用意する。
今淹れるコーヒーが軽い焙煎であっさりした風味なら、フレッシュなフルーツを切ったものやドライフルーツなんかいいね。フルーツのタルトなんかあるといいけどちょと無理か。レアチーズケーキ・・・これも無理か。食品のストックにフルーツの缶詰(ありがちなのは桃カンだ)なんかない? そういうのがあれば、先に用意しておこう。
もし強い焙煎でしっかりめの風味なら、チョコやミックスナッツ、ブラウニーなんかない? ガトーショコラなんか最高だけどこれも急には無理か。大福や羊羹なんかもかなり当たりだからオヤツにしようと取っといたのがあれば出してみよう。
しょっぱいものでもいいんだけど、やっぱり甘いもののほうがシアワセ感が出るよね。コーヒー飲んでるときにちょっと口に入れたいな、って思う(か思わないかはその時次第だが)、そのときにわざわざ席を立ってオヤツを取ってくるのはせっかくのコーヒータイムに水を差すようなもの。甘いものを少々、手元に置いておこう。そのときに大事なのは、やっぱりちゃんとしたお皿にあけること。カップに気を使ったんだから、こっちにもね!

はい。ここまで準備してやっと抽出する運びとなる。長かった。手間がかかった。しかしここからは超特急である。お手軽簡単である。ちょっとだけ、気を付けることがあるけれども、それすらここまでの準備にはたいた労力からすれば「たいしたことない」ことだ。

そのコーヒーはいつ買ったんだろう? 銘柄は、そう、パッケージに書いてあるね。保管の状況は適切だったかな? 前回飲んだときにはどんな印象だったっけ? とまあ、ここが深淵なる抽出のラビリンスの入口となるわけだが、そのラビリンスですらいともカンタンにスパっと解決できてしまう方法がある。いくつかのチェックポイントさえクリアすればね。

まず糸口を探そう。いちばん大事なのはこれ、「そのコーヒーは美味しいヤツだったっけかな?」である。
記憶が確かなら、これは(a)この世のものとは思えないほどサイコーにイカしたコーヒーだった (b)味は記憶にはないがマズくはなかったぞ (c)えーっと、スーパーかどっかで買ったんだっけかな、好みじゃない味だった わけであるが、それぞれに応じて淹れ方を変えてみよう。
(a)の場合は、なるべく高温のお湯を使い、すこし速めに抽出してしまおう。
(b)の場合は、高温のお湯で、すこしゆっくりめに落としてあげる。
(c)の場合は、すこし冷まし気味のお湯で、さーっと出してあげよう。
そうすることで、(a)は美味しいところを伸ばしてあげることが、(b)はそのコーヒーの成分をちゃんと出してあげることが、(c)はあまりイヤな部分をカップに落とさないことができる。
・・・という、3パターンの抽出方法のどれかを選び、実行することで「自分の好みを反映させた抽出方法で、そのコーヒーをより自分にフィットさせることができた」という何やらプロっぽい雰囲気も満喫できる。

次にコーヒーを実際に抽出するときに計量カップもハカリもいらないマル秘テクニックをお教えする。
初めてのレギュラーコーヒーの抽出でない限り、なんとなく「こんくらい」という粉の量とお湯の量はあると思う。それを踏まえて、計測器具を使わずともすこーしだけ美味しくすることができるコツがある。
ここで役に立つのがティースプーン。ティースプーンで豆を掬いミルに入れるか、あるいは挽いた粉のパックからティースプーンで必要量を掬う。いつも通りに掬ったら、あとふた掬いする。要するにいつもより多めにコーヒーを使うのである。
優雅な手つきで(ガサツにやっちゃダメだ、ここも雰囲気を重視してあくまでもプロっぽく振舞おう)ペーパーの中に必要と思われるより少し多めのコーヒーの粉を入れたら、抽出していく。ポットがなければヤカンでもいい(淹れにくいけど)。ここも優雅な手つきでやりたいのだが、これにはちゃんと意味がある。特にヤカンなんか使うとお湯がドバーっと出てしまうわけだが、優雅にやろうと思えばヤカンでもチョロチョロ出すことができる。それが狙いだ。
そしてカップの中の液体がいつもより少ないところで、あらかじめ用意してあった小ぶりのカップまたはグラス(覚えてる?用意したよね?)に受けかえてドリッパーをカップから外す。あら素敵。プロっぽい。

もちろんここまでの作業で粉やお湯などがこぼれたりした場合は、ちゃんと拭き取ってください。そういうとこ、大事ですよ。

で、カップの中には濃いめの液体が入ってるわけ。
これ、なんで濃いめにしとくかというと、ドンピシャの濃度に出すのはやっぱりハカリとか必要なんだよね。粉の量に対してカップに入る液体の量の多少が前後10%程度でないと、狙い通りの抽出にはならない。となると、やっぱりハカリが必要。しかしながら、それよりもうんと濃いめに落とすということなら話は簡単だ。想定しているところより全然濃くていいわけだから、ハカリなど必要ない。
もちろん、逆にめっちゃ薄く出すっていうのもハカリが必要ないんだけど、薄いコーヒーを濃くするのは非常に難しいけど、濃いコーヒーを薄めるのは簡単なんだな。だってここにお湯あるし。

というわけで、抽出し終わった濃いコーヒー、これを好みの濃度になるようにお湯でうめていく。お湯を少し注して、ティースプーンでかきまぜる(ここで二本めのティースプーンが役に立つんだね!)。ちょっと飲んで濃ければもう少しお湯を注す、の繰り返し。
美味しいと思うコーヒーなら濃いめでお湯を注すのをストップ、あんまり好みじゃないならすこし薄くなるまでお湯でうめて飲むといいかも知れない。ま、好みなんだけど。
自分用であれば、ちびちびとやりながら、少しずつ濃度を薄くしていって風味の変化を楽しむのもいいね。むしろ、そうやって飲むことがなんだかサレオツな感じがするのは気のせいではあるまい。

抽出した道具は、準備したときと同じようにきちんと並べておく。あとで片づけるときに、ぐちゃっと乱雑においてあるんじゃ、気分が台無しだからね。そして引っかけて倒したりしないように、すこし離れたところに置いておこう。キッチンまで戻してもいいね。

そしていよいよ、コーヒーを楽しむ時間がやってくるわけだ。
甘いものをつまみながら、自分の好みにあわせて抽出テクニックを駆使した最高のコーヒーを飲もう。
いいカップで、小ぎれいに盛り付けた甘いものと一緒に、自分好みなコーヒーを飲む幸せ。
もし何かの作業をするなら効率アップ間違い無し、もし読書しながら飲むならその読書タイムのクオリティアップ間違いなし、もし気分転換のためだったとしたら素晴らしい気分になること間違いなし。

以上、ビバ!ロングブラック!的「コーヒーを美味しく飲むには」でした。パチパチパチ。


◆   ◆   ◆



コーヒーを飲むということは、その雰囲気も楽しむということなのです。
最高級のコーヒー豆を購入して、目を三角にしてきちんと計量してタイムを計って細心の注意を払ってコーヒーを淹れることも、それはそれで正しいと思うけど、てもとにあるコーヒー豆を使ってできる範囲で気を使ってあげることで、計測機器を使わずとも美味しいコーヒータイムを過ごすこともできるのです。
どれが正解ということはありません。みなさんも自分なりに「いつもよりも美味しいコーヒーを飲む」ためにすこーしだけ手間をかけてあげてください。高品質の豆を取り寄せたり、ハカリやストップウォッチで計測する手間をかけるのもいいですし、それらを準備することができなければ、それ以外のところで知恵を絞って手間をかけてあげましょう。その手間の分だけ、コーヒータイムはきっと美味しくなりますよ。
posted by ホゼ at 09:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

2013JHDC顛末記(2)ビッグサイト編

はい、時は流れてSCAJ2013inビッグサイトです。

僕はジャッジとして参加しているので、自分で写真を撮ることができなかったので、このブログに貼る写真をウェブから探そうと思って画像検索したら、いやまあびっくりするくらいJHDC(決勝)の写真が無い(笑
意外と観客多いなあと思ってステージ上から見てたんだけど、みんな競技があまりにも面白すぎて写真撮るの忘れちゃったのかな?(おいおい
というわけで、またしても主に文字だけで進行していきますごめんなさい。


さて、大舞台の東京ビッグサイト特設ステージとは言え、前半は予選と同じルール。でもそこは予選とは違う大人数の観客とか手もとをカメラで撮られて大画面モニターに映し出されるとか、ちょっと(かなり?)勝手が違ったかも。

お借りしてきました当日の写真
アルミドリッパー.jpg
元の記事は準決勝進出の小田原の移動カフェalfieri-streetさんのブログより

そして決勝となる。

余談だが、僕は決勝ではヘッドジャジを任された。コーヒー業界に身を置くこと4年、このような大役を任されたのは初めての経験で、これは非常に良い経験をさせていただいた。感謝。

さて、決勝である。
決勝では、
・自分で好きなコーヒーを使用できる
・かなり自由な抽出ができる
・プレゼンが必要
といったところが予選と違う。ただ抽出技術を競うだけでなく、そこには「お客様」の存在が見えてくる。実際にはジャッジをお客様に見立ててということになるのだが、ただ美味しく淹れるだけでは勝てないルールになる。

まず、自分で好きなコーヒーを使用できるという件だが、当然、美味しいコーヒーを持ってくるわけである。スペシャルティコーヒー協会が主催しているわけで、そのコーヒーはSCAJ方式(COE方式)で高得点であることが望ましいというか結果的にそういうコーヒーのほうが得点しやすい可能性がある、のではなかろうかと思う。
ただ、それはその豆のカッピングスコアが高いほど、JHDCでの得点が高くなる、というような簡単なことではない。というか、その豆が美味しかったかどうかという項目はそれほどウェイトがあるわけじゃない。カッピングスコアが高いに越したことはないが、ペーパードリップにマッチした風味特性かどうかというほうが重要なんじゃなかろうかと思う。
もちろん、そのコーヒーのポテンシャルを引き出すことが必要であるのだが、それ以上にカップになったその液体にするために、自分はなぜそのコーヒーを選んだのか、どういう意図で、どういう目的があって、というのが大事である。

次に抽出の自由度である。スポンサーが用意した器具を使用しなければならないのは同じだが、予選ほどガチガチの抽出ルールではない。わりと自由に抽出してOK。
持ってきたコーヒーをどうやったら一番美味しく淹れられるか、そこが腕の見せ所。長年の経験やカン、独自の理論、はたまた臨機応変に抽出状況を見ながら、とにかく皆さんそれぞれ工夫して抽出していた。
これもまた、なぜそういう抽出をしているのか、などということが非常に重要になってくる。美味しいことはもちろん求められているのだが、どうやって美味しさを引き出しているのか、抽出の技術がどれほど関与しているのかというのが重要。

そしてプレゼン。準決勝までは技術を競ってきた皆さんが突然エンターテイナーに生まれ変わる瞬間である。立て板に水のごとくなめらかなプレゼンあり、たどたどしくも心に響くプレゼンあり、情報を事細かに伝える人や自身の思いのたけをぶつけてくる人、いろいろあったが、これ、プレゼンの重要なところは、
×ジャッジ「感動した!」
○ジャッジ「なるほど!」
なのである。
どういうことかと言うと、わかりやすいとか伝わるとかそういうこと以前の問題で「こうしたかったので、こういうふうにやってみた。だからこうなった」をちゃんと言うことが大事なのである。言い換えれば、目的と手段と結果がリンクしていなければならないのだ。
×競技者「バランスを良くするために、メッシュをできるだけ細かくしました」ジャッジ「関係性がよくわかりません」
×競技者「美味しいコーヒーを抽出したいので、高地産の豆を使うことにしました」ジャッジ「低地産でも美味しいコーヒーはあると思います」
×競技者「愛情がコーヒーを美味しくします。私は抽出は愛だと思います」ジャッジ「いい心がけですが、カップに反映されてません」
○(例)競技者「後味のクリーンさを求めて、粗めに挽き抽出を早めます。しかしスカスカの風味では困るので標準的な粉量よりも30%多くしていますので、濃度も十分に出ます」ジャッジ「なるほど、粗めで早い抽出ですがきちんと濃度を保ってますね」
・・・ただし、最後のマルの例でもジャッジが「え?濃度出てないよ」「見たところ3分以上かかってるからそんなに早い抽出じゃないんじゃない?」などと、結果として言ってることとやってることや結果が違っていると、ダメなのよ。目的と手段と結果のリンク、これ大事です。
で、その「目的と手段と結果がリンクしている」上で、笑いあり涙ありの感動的なプレゼンをしていただくと、非常に高得点になります。

プレゼンのところが長くなったけど、やっぱりプレゼンが決勝の競技の醍醐味でもあるので、ここをキッチリとやれてるかどうかというのが得点に大きく影響するし、またたくさんの観客の皆さんが見てても面白いところなので、おろそかにできない部分だと思う。というわけで、説明が長々続いてしまってすんませんが、来年の大会に出る人は、決勝ですごいプレゼンをぶちかましていただけますと、競技としても面白いし、観客も楽しめるし、いいと思います。

んで、決勝は、やっぱりというかなんというか、このカップは美味しかったということとこの人のコーヒーを飲みたいということが、高い次元でバランスしている人が上位になったと思う。
抽出をする技術が高く、それをサーブするサービス能力も高い、というような人だ。
これってお店に立ってるときにも同じことが言えるんだと思う。抽出の技術とサービス係としての能力がどちらも高いという人が、そりゃ好ましいわけだよね。
ハンドドリップチャンピオンシップの決勝で上位に行くような人は、きっとお店でもしっかりとした接客ができてて、お客様に美味しいコーヒーを楽しんでもらっている人なんだろうなあと思う。
そういうところをちゃんとジャッジは見てるんです。そしてそういう人が優勝、あるいは上位入賞を果たしたんだと確信しています。


というわけで、ジャパンハンドドリップチャンピオンシップ、今年涙を飲んだ出場者も、観客席で見てた人も、このブログを見て初めて大会の存在を知った人も、それ以外でもコーヒーを自分で淹れる人はみんな、来年出場したらいいと思うよ。すごく出場の敷居が低い大会なんで(なにしろペーパードリップなら大抵の人が経験あると思う)、誰でも気軽に出場できるし、出場するとなったら準備でいろいろ試してみたりして経験が豊富になるし、そして大会ではいろんな人の考え方、抽出方法などがすごく勉強になるよ。


で、僕も去年今年とジャッジを務めさせていただいて、非常に良い経験になったし、すごく勉強になったんで、来年も大会に関わっていきたいと思います。というわけで出場(予定)の皆さん、次の大会もよろしくお願いしますね。
posted by ホゼ at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

2013JHDC顛末記(1)予選編

SCAJ2013も盛況のうちに終了し、僕の2013JHDCも終わったので、記録のために顛末を書いていきます。




まず、JHDCとは何かというとこれ。

SCAJのページ

メニュー左側にSCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)が主催する大会がずらっとならんでるけど、その中の一つで、まだ若い大会で今年やっと二年目(二回目)となる、ペーパードリップの大会だ。
ちなみにJHDC以外の大会はすべて、概要や歴史といった、紹介のページが用意されているがJHDCはいきなり参加者募集のページが開く。委員会の方、概要のページを用意していただけますとうれしいですね。

んで、大会の流れとしては、こんな感じ。
って、昨年が一回目、今年で二回目ということもあり、ルールが固まってないところが多く見られ、予選の流れなんかも「今年はこうだからね><」みたいな感じになってる。
中の人たちがなるべくいい大会にしたいと日々頭をひねり、知恵を出してルールを作り変えているので、去年と様変わりしたところも多い。実感としては、ジャッジとしては去年より良くなったと思う。競技者の方たちはどう思っただろうか。
ちなみに、来年の大会でまたルールが変わる可能性があるので、以下の流れは今年版ってことでお願いします。


<地方予選・一回戦>
クジによる4人一組の予選から一人、当該予選日の午前/午後決勝へ勝ち抜け
使用するコーヒーは当日知らされる
器具はほとんど持ち込み無しでできるくらいに用意されてるけど、ポットなど持ち込んでもいいものがいくつかある
プレゼンすることもないし、服装も自由、さらに器具もほとんど会場にあるのでなんだったら手ぶらで来れるくらいの気軽さ

<地方予選・決勝>
勝ち残り4人一組で、予選日の午前/午後決勝を争う
ルールは同じ

<ビッグサイト・決勝第一ステージ>
4人一組で第二ステージ勝ち抜けを争うが、勝ち抜けるのは1組の中で上位2名
ルールはほぼ同じ(会場が違うため、細かいところですこーし違うところがあったが無視できる範囲だと思う)

↑↑↑ここまでとここからで全然違う競技になります↓↓↓

<ビッグサイト・決勝第二ステージ>
一人ずつ競技、自分で持ち込んだ豆をプレゼンしながらジャッジへ提供
カップの中の液体の評価だけで完結した決勝第一ステージまでと違い、
・そのコーヒー(液体)をきちんと自分で評価しており、その評価をジャッジに的確に具体的に伝えられる
・抽出係としてだけでなく、サービス係としても一流である
・もちろんカップの中の液体が美味しい
というのが(非常にざっくりだけど)評価基準になるので、これまで職人っぽく「美味しいコーヒーを抽出する」ことだけに専念してきた競技者が、いきなりエンターテイナーとして動かないといけなくなるわけだ。
たいへんである。




はい。というわけで、去年も務めたジャッジを今年もやることになったわけです。
話はもうずっと前にさかのぼるわけだけど、打ち合わせやらカリブレーションやらあって、実際に予選日になるところまでは、たいして面白い話もないので割愛。あっというまに東京予選第一日目。

使用するコーヒーは当日知らされる、というのは競技者だけではなくてジャッジも同じである。
競技に使用するコーヒーを、午前の部であれば朝イチ、午後の部であれば昼過ぎに渡されるわけである。
渡されて、ジャッジはどうするかというと、ちゃーんとカリブレーションをするわけである。そのコーヒーに対する「共通の認識」を共有するわけである
そのためには何回もドリップして何回も飲まなきゃならないわけだけど、ここでしっかりと意見交換して基準を合わせておかないといけないから、大変である。基準が作れるまで何度も何度も飲むわけである。

そして、予選のジャッジに臨むわけなんだけど、主についたての向こう側にずーっと座ってるので、ジャッジ紹介のときくらいしか皆さんの前に出ることは無いというもうほんと黒子みたいな役目。

ついたての裏でとにかく飲み、採点し、飲み、採点し、飲み・・・とやっていくわけなんだけど、予選のスケジュールというのが、午前の部を4組(4人一組)やってそれぞれの勝者で午前の部の決勝を行い、午後の部も同じようにやる、それを三日間ということになっており、三日間で合計30セットの競技を行わなければならないということになっている。とにかく忙しい。これはジャッジもそうだけど、運営スタッフ、ボランティアの人たちもとてもとても忙しいのだ。しかし、こちらがしくじると競技者の皆さんにものすごい申し訳ないことになるので、忙しいからなどと言ってられず、とにかくスムースに競技が進むことに全員で全力投球し、実際になんとか滞りなく競技会が終了できたのではないかと思っている。

予選競技がどんな感じだったのかはこちらのブログをご覧ください。雰囲気がわかると思います。
JHDCへの想い|The heart is wrapped
SCAJの中の人のブログです。

和気藹々としながらも真剣勝負、完全なイコールコンディションでの腕試しだから出てる人も見てる人も手に汗握る競技会だった。




それではジャッジ視点でのJHDC予選の感想を。


予選のジャッジをやって、これは!と思ったことが二つある。
ひとつは、ハンドドリップ難しすぎということ。
もうひとつは、美味しいは正義ということ。


ハンドドリップがどんだけ難しいかということだけど、その理由はまず、なんと言っても安定感なさすぎる抽出方法だということだ。
機械的な計測ができる部分が少なすぎる。
ヤマカンとかいつも通りとかこんくらいとか、そんなんで抽出に臨まなければならない。とにかく、そのときそのときで抽出条件が変わりすぎるのだ。

まず湯温だ。注ぎ始めのポット内の湯温が90度だとして、温度計を刺して90度になった、よし注ぐぞ、というタイミング、その後の湯温の変化はどうなるかわかる?当然湯温はポットの温度に影響される。ポット全体の温度はどのくらいだったの?重量比でお湯に対してポットが10分の1もあれば、湯温に対するポットの温度が与える影響が大きいのは言わずもがな。また、ポットに入れるお湯の量が多ければ温度変化が少ないのはわかると思うけど、だからと言って、最初にポットに入れるお湯の重さを計るなんてしないよね。

次にコーヒーの粉。1杯分12gの粉を使うとして、ミルには12gの豆を投入するよね。ガーっと挽いて出てきた粉はきっちり12gだろうか。いや、んなことはないわけで、ミルの歯から粉の排出口までのところの粉の残りがあるので、きっちり入れた分が出てくるわけじゃない。もし0.5gも残ってたら(それは見た目には微々たる量なんだけど)4%ほどの誤差になる。前の時に残ってれば今度はそれが押し出されてきたりして、前後で言えば1割近い誤差が出る。150t抽出するところ、165tも抽出したら、けっこう違うなって感じになると思うんだけど、それと同じくらいの誤差が挽いたときに発生する可能性があるってこと。

はい次。抽出。お湯を何回かにわけて入れる人、ツーっと筋のように入れつづける人、いろんな人がいるけど、同じように注げるわけがない。コーヒメーカーじゃないんだから。これはみなさんよーくわかると思う。

というわけで、大きな要因を三つ書いてみたけど、これ以外にもドリップというのは均一に淹れさせるもんかっていう意図のもとに設計されたんじゃないかと思うほど、同じ結果を得にくいようにひとつひとつの工程がデザインされている。
その原因はと言えば、つまるところ「人が操作する部分があまりに多すぎる」ということになる。人間というのは、それほどに同じように同じことをやるのが苦手であるということだ。同じ結果を出す、ということにかけてば、数千円で買えるコーヒーメーカーにも劣るということだ。

この難しすぎるハンドドリップで、均質かどうかということがスコア上重視されているというのは、勝ち上がるにはかなりハードルが高い。幸運や偶然に期待するんでなければ、相当に練習を重ねないと結果が伴わないルールである。
そして勝ち上がった人たちは、やっぱりちゃんと練習をしてきたんだろうね。均質であった上、美味しかったんだからね。


はい、そしてもうひとつの感想、美味しいは正義であるということ。

抽出というのは、ある程度理論があって、こうやるとこういう風味になるというのがある。熟練した抽出者ならば、整理整頓した知識でなくとも経験則でなんとなくこーしたらこーなるってわかってるようなことである。また、大会に出ようなんて人たちだからおそらくはたくさんの条件で抽出をしたことだろう。そうすれば、自ずとその理論めいたものに近い経験をしてきていると思う。
つまり、出場者は「こんな風味特性で」と狙って抽出してきていると思っていいわけだ。

さて、そんな「狙った」風味特性はどうなるかというと・・・ 狙いすぎるとあんまり好ましくないんだなこれが。

とにかく香りをバーンと出してやるぜ→味がスカスカです
ボディ感で勝負だ→シブ味でも勝負しちゃいましたね
飲みやすくシルキーなマウスフィールで→印象に残らないです
しっかり抽出して口当たりを強く→飲みにくいです

みたいなことが往々にして起こるわけ。
どっかをピーキーにすると、その弊害が出てきてしまう。
じゃあどうするかというと、平均を狙うと好ましい風味になるんだね。バランスをよく表現しようとすれば、自然とほかの項目(酸であるとか、後味であるとか)も向上していく。
平均からこぼれない程度の振れ幅の範囲内で個性を出していくというのが良さそうである。実際、得点が高かったのは、そういうカップであった。どれほど狙い通りのカップになったとしても、そのカップの印象が破綻していては高得点は望めない。
平均的なカップというのは、美味しいのだ。減点法で言えば、あまり減点がないカップである。加点法で言えば、どの項目もほどほどに加点されているカップである。つまり、得点しやすいカップなわけである。
得点できているということがすなわち美味しい、ということではない。得点できている、というのはスコアシート上の話である。各項目でそれなりにいい点を取っているということであり、それ以上でも以下でもない。
しかし、実際に得点できているカップは美味しいのだ。好ましい風味特性を持っていると言い換えてもいい。逆に得点できてないカップは、好ましくない風味特性(の項目が少なくとも1つ以上ある)なわけ。ここに相関があるのは間違いないので(じゃないとスコアがおかしな話になるのでこれは当たり前の話なのですが)、とにかく美味しいという風味を、好ましく思う風味を高次元でバランスさせることを狙っていただくと、得点につながっていくのじゃないかと思う。
「しっかり味が出てるけど雑味は感じず、薫り高く、飲みやすく、後味も良く、全体に破綻していないようなカップ」と言うのが高得点につながるし、こういうカップは飲んで美味しいのだ。

そして決勝にコマを進めた競技者たちは、こういうカップであったはずだ。


というわけで、長くなったんで続きます。
posted by ホゼ at 22:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月31日

僕が見て聞いた範囲だけど、福島の話をしようと思う。

ちょっと福島の話をします。

サンシャインステイトエスプレッソだいくら店ということで、毎週福島のスキー場( 会津高原だいくらスキー場)に行っているわけですが、現地の方や来場者の方にお話を聞いたり、現地のお店を利用したりすると、見えてくるものがあります。
主に会津高原周辺にフォーカスして、書きます。



福島は広いです。
たぶん、福島には「浜通り、中通り、会津」という地域の区分けがあることを皆さんは知らないと思います。福島はかなり広く、その面積はなんと日本で3位です。ちなみに1位は当然の北海道、2位は同じ東北の岩手県です。長野県より広いというのにはちょっとびっくりしませんか?
浜通りは、海沿いを指し、原発施設などがあり、震災の被害に関して「福島」と言う場合皆さんがイメージされるのがこのエリアでしょう。およそ50万人の人が暮らすエリアでした(現在の人口はわかりません)。浜通りも南北に広いですが、エリア全体として甚大な被害があり今でも復興の見通しがついてないと言っていいと思います。
中通りは国道4号や新幹線が走る県の中心部です。県庁所在地があり、人口も浜通りの倍、100万人が暮らします。こちらも地震、原発の両方の被害を(浜通りほどではないにしても)受けています。
そして会津です。奥羽山脈の西側、人口は浜通りの半分、中通りの4分の1ほど、会津若松を中心に山あいの町が点在する地域です。ここは、地震、放射線ともに、直接の被害は非常に軽微であったと言えると思います。

だいくらスキー場がある南会津町は、その名のとおり、会津地方にあります。
地震のときの様子をスキー場のスタッフに聞くと、もちろんスキーシーズンであったため、スキー場は営業をしていたわけですが、リフトがゆらゆらと揺れて大きい地震が来たなあと思ったけど、まさかこんな被害をもたらすほどのものだとは思わなかった、と言います。
会津は地盤も強固で、震源地からも距離があったためでしょう。
地震による被害は、ほとんど無かったといいます。
そして原発事故による放射線の被害。こちらも、風向きの関係なのか地形なのか、会津地方にはほとんど影響がありませんでした。現在でも各地で放射線量を測っていますが、会津の線量の低さは首都圏各地よりよほど低いくらいです。

概略、このような感じで、南会津町で聞く限りは、繰り返しになりますが「直接の」被害はほとんど無かったと言えます。
しかし、直接の被害が無かったにもかかわらず、会津も被害に悩むことになります。メディアでも報じられている通り、風評被害という被害を受けることになってしまいました。



今年の大河ドラマは、福島を題材にしたものとなりました。昨年、その話が決まったときには、福島(とくに会津)は「これで人が来る、ものが売れる」と期待をしたそうです。
そして放映開始、実際に手ごたえはあるようです。人が増えてきた、モノが売れてきた、という実感があると聞きました。今年の桜のシーズンは、ドラマのタイトルにも桜と入っていることもあり、相当の人出を期待しているとのことです。

だいくらスキー場も、やっと今年は(地震の前の水準には及びませんが)売り上げが戻ってきています。昨年よりもスキー場には活気があるようです。ドラマの影響ももしかしたらあるのかも知れません。安全だというのが知られてきたのかも知れません。お客様が昨年より多いのは間違いないようです。
しかしそれでも、地震以前の年に比べると、何割も落ち込んでいるという現状です。やはり、人が来ないというのが数字に表れています。
観光土産を売る施設、さまざまな自然体験などができる施設、そのほかにも観光や体験学習を求める県外からのお客さん向けの施設がたくさんありますが、関係者に話を聞くと「人が来るようになってきた」と言いますが、どこも、地震以前に比べるべくもない来場者数で、もっと来てもらわないと困ると聞きます。
農作物も、事故から月日がたつにつれ、だんだんと売れるようにはなってきたようです。しかしそれでもなかなか売れないという状況は変わらず、農家さんもまだまだ厳しいということです。
先日、大相撲で優勝した力士に福島県産のお米が副賞として贈られました。
これに関しても、やはり福島の農作物の消費が落ち込んでいることを受けての、福島への配慮だったのかなと思います。

被災して一時金が出た、手当てが出た、というのはたしかにそのときに必要なお金ですから大事なことです。
私たちの税金から出ていると思いますので、みんなで支援しているということになっていると思います。
そして、震災後に募金などで直接的にお金や物資を送ったり、ボランティアとして現地に出向いたという方も多いと思います。これもそのときに必要なお金やモノ、ヒトが現地に行ったということで、とても大事なことだと思います。
しかし、もっと大事なのは、被災地の皆さんが今後どうやって生活していくかということです。生活にはお金がかかります。お金を得るには仕事をしなければなりません。
第二次産業のなかでも割合の多い原発が事故を起こしてしまい、今後が不透明な状況です。工業製品の製造などの第二次産業は福島県内だけの努力ではなかなか増えていかないと思います。大手メーカーの工場誘致などが進めば増えると思いますが、生産拠点を海外にシフトする昨今ですし、今福島に生産拠点を移すというのは、どのメーカーにとっても難しいと思われます。
第一次産業のうち、水産業も難しい局面が今後長いこと続きそうです(そして中通り、会津には海がありません)。
というわけで、第一次産業のうち、農業と酪農、そして第三次産業に期待するのが順当だと思うのですが、そこが風評被害でダメ、となっています。

主に会津で話を聞いているわけですが、被害が無かったにもかかわらず経済は思いきり減速してしまっている、打つ手は打ったがなかなか効果が無い、というような意見を多く耳にします。
確かに、僕はここ10年ほど会津に縁があって通っていましたが、人が少ない、モノが売れてないというのは他県から来た僕にも感じることができるほどです。
実際に具体的な数字を聞くことも多いのですが、震災前と比べて、売り上げが7割もあれば良いほうだという印象です。半減、それ以下ということになると、その事業そのものを続けられなくなってしまうかも知れません。農業にしろ、サービス業にしろ、その商売が続けられずに廃業してしまうという話も聞きます。そうでなくても、なんとか続けてはいるけれどもギリギリ、綱渡りというところがたくさんあるのです。
その結果、地元で事業を行っている人、働いている人が、少なからず町外、あるいは遠く県外に仕事を求めて出ていってしまうという現象が起きます。
といっても、出て行く先はほとんどが復興特需のある地域、つまり同じ福島県内や宮城、岩手というところです。あちらは今、人手が足りないということで行けば仕事があるそうです。そこに行って、地元の家族に仕送りをする、そんな人たちがいらっしゃいます。

僕はこれが後々に問題になるんじゃないかと危惧しています。
もともと日本の経済自体が長期的に減速しています。さらに地方、特に会津のほうなんかは若者が減る一方で高齢化、そして過疎化しています。そんなところに、数少ないこれからバリバリ働こうという若者や、仕事的に現役な世代がどんどん外に出て行ってしまったらどうなるか。
彼らが一年、あるいは数年して戻ってきたとき、地元に彼らがやるべき仕事が残されてないのではないかと。彼らがいなくなっている間に、そのエリアで存在できる仕事の絶対量が減ってしまうのではないか。エリアそのものが急激に経済的に衰退してしまうのではないか。
もはや戻ってきても彼らを受け入れるだけのチカラがその地域に残されていないのではないだろうか。そう思うのです。
そしたら彼らはどうするのでしょう。彼らの家族はどうするのでしょう。

今、ここに残ってふんばってる人たちがたくさんいます。というか、いろいろな事情があるにせよ、ほとんどの人は外に出て行かず、地元でがんばる道を選択しているわけです。
でも、風評被害などによるつらい状況が長引けば、仕事を求めて出て行かざるを得ない人が増えると思います。
出て行かないにしても、どんどん経済が縮小していって地元出身の人が戻れない、町の活気は無くなり過疎化高齢化がどんどん進む、そんなことになってしまいそうです。

僕ら他県から会津の人たちにしてあげられること、それは昔と変わらず会津と付き合ってあげることなんだろうと思います。
幸い、放射線に関する情報はインターネットなどでかなり詳しく知ることができます。だいくらスキー場でも放射線量を測って公開してますが、関東地方の一部などよりよほど低い値です。
福島には確かに危ない場所はある。行かないほうがいい場所があり、口にしないほうがいい野菜もあるでしょう。しかし会津高原は安全度が高い場所であると言っていいと思います。
なのに、みすみす町が衰退してしまうのを指をくわえて見ているだけというのはちょっと口惜しいのです。
昔と変わることなく、会津のトマトやアスパラなど野菜を買って食べる、湿原やスキー場にレジャーに出かける、鶴ヶ城や大内宿などに観光に出かける、それで町の未来は救われるのです。
難しいことはありません。ただ、昔と変わらぬお付き合いをしていただければ、それでいいと思うんです。

スキー客の中には、こうおっしゃる方がけっこういらっしゃいます。
「ここは安全だからね、毎年来てるからほかに変える必要も無いし、今年も来たよ」
そして、そうおっしゃる方はたいてい、こう続けます。
「来てお金を使うのが何よりだと思ってね」

これが全てだと思います。こういう方たちはきっと普段も「南会津町産」という野菜があれば買っているはずなんです。
福島のために何かしようという気持ちを、安全が確認できたのであれば例年通り福島に行くし野菜も買う、という行動に移している。特別に福島に義捐金を送ったり、声高に「福島を救え」などと叫んだりしなくてもいいと思うんです(そういう人たちはさらに有難いと思っています)。

僕は今、福島(会津高原)に週一回来て、コーヒーを淹れることが福島を応援することになると思ってやっています。これは震災と原発事故があったからこうしているわけです。でも、もしコーヒーを淹れに週一回来るという話にならなかったとしたら、やっぱりスノーボードをしに来るわけです。たくさんの現金を義捐金として送るというのは僕の財政的には無理だけど、レジャーとして遊びに来るくらいのお金はなんとかなる、だから例年通り、遊びに来る、というわけです。そしてスキー場でご飯を食べ、何回かは宿泊もするんだろうと思います。無理して支援をしなくても、みんなが例年通りの行動をするだけで、この町の人の未来はなんとかなるのです。



日本中の人が、そう思ってくれればいいなと思って、コーヒーのブログなのにこんな記事を書いてみました。
(もちろん、このブログの影響力など微々たるものだというのは承知です。でも知ってもらいたかった)
長文に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
posted by ホゼ at 10:07 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月15日

やっと落ち着きまして

東京・本所にお店をオープンしました。
準備→開店と福岡に行った後の2ヶ月ほど、忙しくしてましたもので、ブログの更新がありませんでしたが、やっと落ち着いてきたので、そろそろブログ再開しようと思います。

というわけで、最初は小ネタでリハビリしますかね。



【ドリッパーを水切りに置くとき】

ハリオのドリッパーを洗って水切りに置くとき、そのほかの食器と同じように逆さにして置いてない?

(写真は台の上に置いてますが、これが水切りのカゴの中にあると思ってください)
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そうすると、リブがついてるのでここに水が溜まる。

写真(7)2.jpg

そこで、こっち向きに水切りに入れる。

写真(6).jpg

こっち向きだと、水が溜まるところが無いので、すっきり水が切れて拭くのが簡単だよ。


人気のハリオのドリッパーの、ちょっとした小ネタでしたー^^
posted by ホゼ at 15:28 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

コーヒー生産者のためになる最も合理的な選択とは

最近、扱っているコーヒーに「レインフォレストアライアンス」の認証を受けているものがあることに気がついた。

>>レインフォレストアライアンス

レインフォレスト・アライアンスは、森林伐採や環境破壊の主な要因となる材木生産、農地拡大、牧場運営、観光業などに歯止めをかけるため、市場原理を利用しています。数十万ヘクタールに上る産業森林、農園、牧場、ホテルなどが、持続可能性の厳しい基準に則って運営されていることを確認するために活動しています。さらに、レインフォレスト・アライアンス認証マークやレインフォレスト・アライアンス検証マークを見て商品やサービスを選んでいる良識ある消費者を、これらの事業者と結び付けることにより、持続可能な事業運営のあり方が今日の経済において成長力となり得ることを証明しています。


レインフォレストアライアンスの認証を受けるには、それなりに費用がかかるそうだ。現地での調査費用や登録料など諸々の費用をかけて認証を取るわけで、当然、価格にはそれが上乗せされることになる。

コーヒーに関わる認証の類は様々あって、調べるとここに書ききれないほどであるが、代表的なものを以下に記す。

>>フェアトレード

>>バードフレンドリー

>>グッドインサイド

>>有機栽培

そのほかにもいろいろあると思う。生産者はこのような認証を取得することで、取り組みや品質に一定の保証を付けてもらうわけだ。
認証を取るからには、その認証団体の調査を受けて、ちゃんと基準をクリアしていることを見てもらわないといけないし、取得後もときどき調査を受けて継続的に基準から外れてないかチェックしてもらう。
すなわち、そのマークが商品に付いてればそれは、認証団体の定める基準は確実にクリアしているということが担保されてるわけだ。

しかし、それら認証が生産者に必ず良い影響を与えるというわけではないという議論がある。
[フェアトレード 問題]とかのキーワードでグーグル検索すると、たくさんの「認証って本当に良いことなの?」という立場の人の話が読める。

それに対する僕の立場は、どちらとも言えない、というものである。
実際に僕が調べたり見聞きした限りでは、団体の設立の目的はとても良いことを実現しようとしており、活動も良い面をたくさん持っていて、生産者のためになっているという場合が多く、否定するべきことではない。
しかし、それら認証が生産者や消費者のために100%役立っているかというと、中間に入っている人たちが悪さをしたり、生産者もズルをしたりなどなど、問題もあるようだ。もともと認証があるから問題が発生したとすれば、認証が無くなれば問題も無くなるというロジックは納得できる。
というわけで僕は「認証があったほうがいいか無いほうがいいかは難しい問題だなあ」と思うわけである。

僕たちコーヒー好きがコーヒーを買う時にフェアトレードなどとシールが貼ってあれば、「ハハァこれは僕の購入代金の一部が生産者の懐に入るわけだな」などと考えてそのコーヒーを買ってくるわけである。
レインフォレストアライアンスというシールならば「森林伐採について基準をクリアした農園なんだな」などと考えるわけである。
ほかの認証でも同じことだろう。それぞれの認証の目的はそれぞれ違うものだろうが、大きくは「コーヒー生産が持続可能で自然や人類への負荷が少ない」というようなところが根本の目的だと思う。つまり購入する僕らはそのコーヒーを、「持続可能で自然や人類への負荷が少ない」という付加価値と一緒に買ってるわけだ。

ところがそれら認証を「ウソだ」「問題がある」「生産者のためにならない」「美味くない」「消費者をだましている」などと言う人がいる。それらの意見が妥当かどうかは僕には皆目わからないし、誰も証明できないと思う。(それほど、認証にまつわる話は広大で深く複雑だ)

しかしながら、コーヒー生産が持続可能であることは、生産者にとって非常に重要な話だ。(もちろん消費者にとっても)
また、コーヒー生産が自然や人類に対し低負荷であることも、生産者にとってこれまた非常に重要なことだ。(もちろん消費者にとっても)
認証そのものがどうであれ、コーヒー生産が持続的で自然や人類に負荷が少ないということはとっても重要なのだ。繰り返しになるが、僕らは認証に対して選択しお金を払っているのではなく、その目的(がちゃんと果たされていること)に対し選択をし余分にお金を払っているわけだ。

では僕らコーヒー好きが焙煎店やインターネットでコーヒーを買うときに、カフェや喫茶店でコーヒーを飲むときに何を選択すれば良いのだろうか? 認証がついたものがあれば無条件にそれを選択すべき?

僕はそうは思わない。

「スピード出すな」という警告の看板はスピードを出しがちだが見通しが悪いようなカーブで見られる。それは文字通りそこでスピードを出すと危険だからだ。
認証はその理屈を裏返しにしたものだ。スピードを出したら危ないカーブで、スピードを出さなかったら認証をあげますよ、と言っているのだ。
本来コーヒーは持続可能で自然や人類に負荷をかけないように作ったほうがいいに決まってる。しかしコーヒー生産地は見通しの悪いカーブみたいなものだ。ついうっかり持続不能になるような作りかた売りかたをしてしまったり、自然や人類に負荷がかかるような薬品を使ったり農地拡大してみたりと、曲がりきれないスピードでカーブに突っ込むようなことをしてしまう。
そういう生産者が、優れたプロダクトを作ると思うだろうか。僕は思わない。優れたプロダクトを作る生産者は、認証を取るかどうかは別にして、持続可能で自然や人類に負荷をかけないような生産活動をしているはずだ。優れたプロダクトを継続して生産し続けることができる生産者は、優れた生産者であるに違いない。

さて、世界の大部分は市場原理に基づいて動いている。コーヒーは嗜好品であるからして、そのコーヒーが美味しいというのが購入者にとって大きな要素になるのは間違いない。美味しければ、購入希望者が増える。そうすると高値がつく。生産者は美味しいコーヒーを作れば、たくさんの代金を得ることができる。逆に美味しくなかったり安全でなかったりというコーヒーを生産したら、手元に来るお金が少なくなる、あるいは売れないということもあり得るということが容易に考えられる。
美味しく、持続可能で、自然や人類に負荷の低いコーヒーを生産することは大変だけど、長い目で見ると生産者にとって最も理に適った行動である。

というわけで、このような三段論法が成り立つ。

大前提:優れた生産者は、持続可能で自然や人類に負荷が少なく、且つ美味しいコーヒーを生産している
小前提:消費者は市場原理に基づき流通しているコーヒーを買う
結論:美味しいコーヒーを購入することが、優れた生産者を選ぶことに繋がる

認証などに頼らずとも、消費者が取り得る最も合理的な生産者のためになる購入方法があった。

財布の中身と相談して、今買えるもっとも美味しいコーヒーを買う、これが合理的に考えてもっとも生産者のためになる購入方法だ。

自分の五感を働かせて、美味しいと思うコーヒーを買おう。できれば、今、財布が許す限り良いコーヒーを買おう。それが生産者のためになるのだから。
posted by ホゼ at 18:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月05日

あのカフェを猫に例えてみたらどんな猫? ― ロゴでわかるカフェの目指すイメージとは

世の中にはそれこそ星の数ほどのカフェがある。そしてそれらのカフェひとつひとつにロゴがある。
カフェ好きにとってみると、カフェのロゴを眺めているだけでも、結構楽しいものである。

logo_googlesearch.jpg
google 画像検索「cafe logo」


イラストのもの、文字だけのもの、写真ぽいもの、カラフルなもの、モノトーンなもの、カッチリしたもの、手書き風のもの・・・いろいろあるものだ。本当に個性的。
そして、名は体をあらわす、というわけではないけれども、そのお店のロゴを見ると、ある程度そのカフェの雰囲気やイメージがわかるような気がしてくる。
そりゃそうだよね、こういうお店にしたい、っていう気持ちがロゴに詰まってるって言ってもいいんじゃないかな、ある意味「顔」だもんね。

スターバックスの顔と言えばこの女性の顔。これはまさに「顔」である。
※旧ロゴです
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さて、いきなりだが、その「顔」とも言えるロゴを猫に例えてみよう。
なぜ猫なのだ、例える必要がわからない、むしろ犬には例えられないのか、などなどいろんな疑問があるとは思うが、ここはひとつ、猫に例えるということでご了承願いたい。

ではスターバックスを猫に例えるとどうなるか。

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こうなる。

なんでこうなるかというと、察しのいい方はおわかりになったと思うが、ロゴに使われているフォントである。
フォントを猫に例えるとこうなる、という写真をカフェのロゴにあてはめてみようという話である。

あなたの行きつけのカフェは、あの有名店は、新しくできたあのカフェは、いったいどんな猫に例えられるだろうか?

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ちなみに、サンシャインステイトエスプレッソのロゴはTRAJAN PRO・・・

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元ネタはこちら。
http://japan.digitaldj-network.com/archives/51961090.html
posted by ホゼ at 17:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

ペーパードリップの大いなる誤解

ジャパンハンドドリップチャンピオンシップという大会がある。
日本スペシャルティ協会というところが主催している、ペーパーフィルターを使用したドリップコーヒーの味覚を競う大会だ。

ジャパンハンドドリップチャンピオンシップについて詳しく知る

んで、そのジャッジをやらせてもらったわけで、それについてちょっと雑感を。
(今日、東京予選二日目が終了して、予選の全ての日程を消化したので、ネタバレというかちょっと突っ込んだ話をしてみます。まあ問題は無いと思うんだけど・・・)

はい、これが本日のお題。

【コーヒーを美味しく抽出するって難しいんだね!】

何を当たり前の事を言っているんだ、という話なんだけど、僕らは意外なほどコーヒーの抽出について勘違いをしているようだ。
僕が感じたペーパードリップによるコーヒーの抽出に関する誤解を箇条書きにしてみる。

@スペシャルティだから高温、コマーシャルだから低温のお湯を使用する
→ベストなお湯の温度はそのコーヒーによって違うし、狙う風味によっても違うでしょう
A焙煎の深さによって湯温やメッシュを調整する
→焙煎の深さだけで湯温やメッシュを決めるのは危険です
Bコーヒー豆の量に応じて湯量を決める
→豆の量と湯量はそれほど相関が無いでしょう
C蒸らしや抽出の時間は最適な解がある
→ある程度の幅には入るでしょうが、それほど狭い幅ではないでしょう
Dこの器具(ドリッパー、ペーパー)でないと美味しくできない
→器具で左右される割合はそれほど多くないでしょう
E点滴、細く、回数を分けて、注ぎ続けて、円を描くように、中心を太く、などの注ぎ方のテクニックが重要
→テクニックより条件設定のほうがよっぽど重要でしょう
Fペーパーは濡らす、あるいはペーパーは濡らさない
→そういうことより条件設定のほうが重要でしょう
Gサーバーは温める、あるいは温めない
→そういう(ry
H濃い抽出のほうがより風味が抽出できる、軽い抽出のほうが飲みやすい
→よく聞く話ですがそんな簡単なものじゃないでしょう
Iペーパードリップのコーヒーは飲みやすい
→紙で濾されて成分が限定されてカップに入る分、より欠点を感じやすくなるとも言えるでしょう

もっともっとあるんだけど、とりあえず思いつくまま10個ほど書いてみた。
これらの項目意外にも、いろいろと定説や常識があると思うんだけど、それらも含め、意外なほどの誤解や勘違いがあると思った。
とにかく言えるのはただひとつ。

「抽出に関する全ての常識を疑ってかからないと、そのコーヒーに対するベストな抽出が出来ないよ」

この場合のベストとは「濃くもなく薄くもなく、つまりちょうどいい濃度で、尖ったところの無い風味でかといって欠けてる風味も無く、つまり過不足なく風味を抽出できていて、悪い風味が出てないけど良い風味はちゃんと出ていて、つまり抽出不足でも過抽出でもない抽出」のことだ。
そしてそういう抽出をするにはそのコーヒー持つ風味特性を、その焙煎特性を、そしてミルの性能を、ペーパーの、ドリッパーの、湯量の、湯温の、注ぎ方の・・・全ての特性をパズルさながらに組み合わせてベストな解を作り上げないといけないのだね。
とんでもなく大変ですよこれは。生半可じゃないです。ジャッジをやってみて、これほどまでに難しいものなのかと思い知らされましたよ。
何しろ、

同じコーヒー豆、イコールコンディションであるにも関わらずこれほどの差がついて、条件設定など各自創意工夫の末に抽出してもこんなに同じような抽出になる!

のだから。


焙煎した人が同じでも、焙煎の度合いが同じでも、ベストな抽出の条件はそのコーヒーによって変わる。これは間違いないようだ。
僕はコーヒーの抽出は「大雑把にこの条件設定で正解に近く、焙煎度やコーヒーの特性によって多少パラメータをいじってベストな抽出を探る」と思っていた。
中挽き 25g 300cc 90度 蒸らし1分 抽出2分、このパラメータを前後させてベストな解を探る、という感じだった。
しかしそれは大きな誤解(間違い?)だった。

クリティカルに影響を及ぼすパラメータは何か?
変わっても影響が少なく無視できるようなパラメータは何か?

まずこれを探るところがベストな抽出への旅のスタートだ。

全てを疑ってかかるということは、こうしたらこうなる、という常識を疑うことだ。
×こうしたらこうなる ○こうしても特に変化がない ということがあり得るからだ。
つまりそこの部分のパラメータは動かしたところで結果無視できる程度の影響しか無いわけだが、そこを動かすことで別のパラメータを動かしたと同じような結果を(巻き添え的に)発生させてしまうことがあり得るということを考えなければならないのだ。
これは本当に難しいことですよ。
何しろ、その別のパラメータもまた同じように結果無視できる程度の影響しか無いこともあるわけで。
いったい、何がクリティカルな影響を引き起こすパラメータなのか、それが見極められないと条件設定もままならないわけ。

(そしてここからが驚愕の展開。まさかの結末。旅の終わりがこんなことになるなんて)

そしてやっと最適な条件を見つけて、注意深く条件通りに抽出をし、そのコーヒーのベストであろうコーヒーをカップに落としてみたら、何のことはないそのコーヒーは「ああこのコーヒーは普通に美味しいね」という話なのだ!

ええええええええええ?こんだけ苦労して結果出てきたコーヒーが「普通に美味しい」だとおおおおおおお?

と言いたいのはわかります。しかしながらこれが普通に美味しいコーヒーなのですよ。
条件の揃ってないコーヒーは、この「普通」にたどりつけなかったコーヒーなのですよ。

というわけで、ペーパードリップというものに持っていたイメージと、けっこう違いません?

◆     ◆     ◆


さて、この話、特にペーパードリップに限ったことじゃなくて、僕の中に「こりゃ大変だ、エスプレッソだってもっともっと条件を詰めることができるだろうし、そのくせ要らない調整で四苦八苦してたんじゃねーの?滝汗」という不安要素を引き起こしているわけだ。ああコーヒー怖い。


ということで、僕がJHDCのジャッジをしてきました、という話の結論は「コーヒー怖い」ということになった。それでいいんかいと思うけど、まあ的外れってことでもないし、ま、いっか。
posted by ホゼ at 22:34 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月17日

アメリカのハンバーガー屋、日本の蕎麦屋、そしてコーヒーの自家焙煎店。

僕の住む茨城県南に、とある愛すべきハンバーガー屋さんがある。Hi-5 Burgersという店なのだが、そこの店長と雑談をしている中でものすごく面白い話題があったのでちょっとここに書いてみる。

「アメリカのインディペンデント系のハンバーガー屋の手作りっぷりはすごい。なんでも手作りする。高級店もそうだし、めっちゃ安い大衆店でもそうだ。パンも焼くしベーコンも作る。そして値段の高いところはそれ相応のクオリティだし、値段の安いところは、やっぱりそれなりの若干残念なクオリティだ。安い店のベーコンなんか『これほんとにベーコンか!?』と思うような品質のものもある。しかし彼らは堂々とそれを提供する。手作りだとか声高に言わず、淡々と提供する。なぜなら手作りすることが彼らのスタンダードだからだ」
「これにはいくつかのメリットがある。もちろんデメリットもあるのだろうが、メリットだけに注目すれば、このようなことだ。まず第一にコストが低くなる。人件費をかけても材料から手作りしたほうが安い。第二にその店独特の味になるということ。美味いならもちろん言うことないのだが、多少難のある味でも『あそこじゃなきゃダメなんだ』というようなファンを作る要素になる。第三には小回りが利くことだ。仕様の変更をその日に決めても手作りならその日に製品を変えられる。メニュー変更も自由自在だ。だからどの店も基本は手作りなのだ。ハンバーガー屋は材料だけ仕入れて、あとは全部店内で作業して商品にしている。」

おおむね、こんな話だった。

これを聞いて思い出すのが蕎麦屋の旦那から聞いた話。端折って言うと、蕎麦屋は蕎麦粉と小麦粉と醤油、あとは天麩羅や種物の材料を買うだけで、商品にするまで店内で全部自前でできる、ってヤツ(もちろんほかにこまごまとした材料を買う必要があるわけだが、話を単純化しているので悪しからずご了承ください)。蕎麦屋のやってることは簡単だから、手間をかけるのさえ厭わなければ材料を買って一次加工から調理までを全て店内でできるので出来合いのものを買うことは無い、って言うのだ。その代わり、腕が悪ければ美味しいものは出来っこないし、要領が悪ければ時間ばかり取られて働いた割に売れる数が少ないということになる。

ほほう、日本の蕎麦屋とアメリカのハンバーガー屋は同じであったか、と目から鱗が落ちる思いだったのだが、さて、それでは僕の所属するコーヒー屋はどうなんだろうか?

コーヒーの生豆(これ『なままめ』と読みます。僕も業界に入るまで読み方知りませんでした)を買って焙煎してコーヒーを抽出して提供する。おお、蕎麦屋やハンバーガー屋と同じことができるじゃないか!

よく、カフェで「手作りスイーツ」「自家製パスタ」などと看板に書いてあるところがある。そういう店のコーヒーは大手ロースターの焙煎したものを購入していたりする(回転看板に○○コーヒーなどと書いてあったりとか)。こんなお店こそ、コーヒーも自家焙煎してみたりしたらいかがだろうか?
手作りとか自家製というキーワードを掲げるということは、それなりに自分で作ることに意味を感じているということだろうし、出来合いではないというところに付加価値を見出しているのだと思う。それならば、コーヒーも自分で焙煎したら良いと思う。
あるいはコーヒー専門店。専門店ですら焙煎したコーヒーを仕入れているところが少なくないのが現実だ。もしかしたら、自分で焙煎したら、より優れたロースターが焙煎したものよりも味が落ちるという理由なのかも知れない。自分でローストする手間や時間が無いということかも知れない。あるいは焙煎機の設置スペースが無いのかもしれない。しかしそこは手網焙煎でもいいからチャレンジしてもらいたいなと思う。

その理由は、まさにアメリカのハンバーガー屋のくだりで書いたメリットと同じことだ。
日本の蕎麦屋とも同じ理由だ。
安く出来、特徴的であり、小回りが利く。

品質が低くても、それはそれで「ウチの味なんだよ」ということで、堂々を焙煎して、堂々と売ればいいと思う。

焙煎をはじめるようになってから、本当にそう思うようになった。なぜなら僕が焙煎したコーヒーはこの世界で最高のコーヒー、では無いからだ。悲しいけどはっきりとそれは言える。最高では無い。
しかし、僕と同じように焙煎できる人もほかにはいないことも事実だ。僕の焙煎したコーヒーは『僕の焙煎したコーヒー』以上でも以下でも無い。
ここで声高に自家焙煎最高!イェイ!などと言うつもりは無い。何を言いたいかというと、安く出来て、特徴的で、小回りが利くものをやったらいいんじゃないの?ってことだ。デメリットはなんとかつぶしていくとして、これだけメリットがぶら下っているのだから、やっぱり自分で焙煎してみるだけの価値はあると思う。

特に、今までコーヒーの自家焙煎など考えもしなかったような方、是非検討してみて欲しい。
世界中であなただけにしか作れないコーヒーというものが、きっとあるのだから。


◆     ◆     ◆



丸山珈琲所属・鈴木樹さんがWorld Barista Championshipで世界4位という好成績を収めた。すばらしい。
日本のエスプレッソ文化も世界に遜色ない、いや世界でもトップクラスであるということを証明してもらった気分だ。
バリスタだけでは成し遂げられなかったと思う。チームとして臨み、そして全員がすばらしいパフォーマンスだったのだろう。それがこのような成績につながったのだと思う。
おめでとう、鈴木樹さん。おめでとう、丸山珈琲。
posted by ホゼ at 23:18 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

コーヒーの海に飛び込め!

僕らがコーヒーって聞いて思い浮かべるのは、普通はカップに入った茶色の液体であろう。あるいは、お店で買ってきたグラインドする前のコーヒー豆、または挽いた粉を思い浮かべる人もいるかもしれない。

しかしコーヒーと一口に言っても、from seed to cupではないがさまざまな段階がある。

大雑把に言って、コーヒーの種子から木を育てて実を収穫するまでの【コーヒー農業】、実を市場へ届けられる形態(生豆)にする【精製業】、それらを保管し適宜移動させる【保管・流通業】、もちろん誰かが買ったり売ったりするわけで【輸出・輸入業】、その生豆を焙煎する【焙煎業】、コーヒー豆にしたり抽出したりして消費者へ売る【小売業】などがある。

さらにこのおおきな分類を細分化していくと、もっともっと専門的な職業があるし、この中に説明できてないコーヒーに関するお仕事だってたくさんある。

コーヒーは、石油に次ぐ世界第二の産業だそうだ。金額がそれだけ動いているということは、働く人もそれだけ多いということだ。
いったい、日本でコーヒーに関する仕事をしている人はどれだけいるのだろうか。世界ということになるともう想像もつかない人数が働いているのだろう。


日本で生まれ日本で育ったらたいていの場合、コーヒーはそれなりに身近なものである。家にインスタントあるいはレギュラーのコーヒーが無いという家はほとんど無いだろうし、家族で外食すればコーヒーを飲む大人をよく見るだろう。街を歩けば自動販売機に缶コーヒーが並んでる。しかしコーヒーを飲む行為が子供時代となじみがないために、小さいころの夢が「コーヒー屋さんになるー!」という人は相当少ないはずだ。
例外はあるだろうが、たいていの場合、大人になっていく段階でだんだんとコーヒーに触れていき、興味を持ち、そしてごく一部の人がそれを職業にしていくわけだ。むしろ、興味もなにもなかったけど就職先がたまたま大なり小なりコーヒーに関する業務があるところだった、という場合のほうが多いのだろう(例えば外食チェーンに就職など)。
世界第二の産業であるコーヒーだが、現代の日本でそれを職業にするというというのは、意外とハードルが高いというか狭き門というか、それほど一般的な選択肢にならないということだ。

コーヒーに関する仕事は、一生モノであると言える。それは、実際に僕が働いてみて感じていることだ。勉強しなきゃならないことは山ほどあるし、経験を積まないとわからないことだらけだ。人とのつながりで解決しなきゃならないこともあるし、ビジネスの規模を大きくしないとできないことだってある。そして時代の変化にあわせるようにコーヒー文化もコーヒービジネスも変わっていく。コーヒービジネスにもたくさんのジャンルがあってその全てに精通するなんてとても一生のうちにできるもんじゃない。
僕がどんなにがんばっても、残りの人生すべてを賭けても、僕が成し遂げられることなどコーヒーの世界の中では砂漠の砂一粒に過ぎないのかも知れない。それほど幅が広く奥が深い世界だ。やるだけの価値は、ある。

と言いながら、コーヒーに関する仕事は、パートタイムでやってみる価値もある仕事なのだと思う。例えばカフェでパートタイムで働いてみよう。特殊な技術が無くただのホール係だとしても、良いカフェで働けば一杯のコーヒーがどれだけお客さんを楽しませているかわかるはずだ。小売店で働けば、一般的に考えなきゃいけないこと学ばなきゃいけないこと努力しなきゃいけないことというのは、当然身につくとして、カフェや焙煎店で働けばそれ以上に、すばらしいコーヒーのある生活をすごしている人たちを垣間見ることができるわけだ。一人のコーヒーファンとして、人生の一時を提供する側にまわってみるというのは、悪くない。

しかしながら、コーヒーを職業にするには日本は少々分が悪い。
白状するが、僕はバブル終末期に大学で日本文学を学ぶ文学青年だったわけだが、いざ就職という段になりいわゆる「ホワイトカラー」の仕事しか選択肢に入れてなかった。つまりよしんばサービス業の企業に就職するにしても、その組織の中のデスクワークをする部門にしか興味が無かったということだ。時代だったと言えばそれまでだが、大卒はネクタイを締めて仕事するもんだという風潮であった。
結果、僕はコンピューター関係(なんとアバウトな括りだw)の会社に入ることになったわけで、それからのキャリアはまあまあ今でも役に立ってるので後悔はしてないが、飲食業をやりたいという気持ちが少なからずあったにも関わらずそれを現実的な選択肢として持ち得なかったというのは、やっぱり少し社会がおかしかったというか時代が悪かったというか、そんな気がしている。(このへんのことは、今発売されてる「珈琲時間・春号」に取材されたのでちょっと書いてあります。良ければ読んでみてください)
たぶん、今でもそうだと思うんだよね、いい会社に入るか公務員になるというのが、社会としてある程度「成功」として認識されてて、コーヒー(に限らずサービス業だったりブルーカラーだったり)を職業にするのは一般的に「不正解気味」な感覚なんだろう。じゃないと学歴社会がまだまだ続いている理由が無いもんね。そして一回「成功」な職場に入れたらそれを定年までまっとうする。それこそが真の成功、というようなモデルが、上の世代を中心にいまだに根強くあると思う。

でも、そういう認識を共通に持っている人たちってそろそろ旧世代なのかなあという気がしているので、若い人たちがこれからどんどん既成のそーゆー枠組みを超えてどんどんいろんな職業にチャレンジしてくれてるのかなあという気がする。コーヒー業界も含めて。
もちろん超がつくほどの就職難でいわゆるホワイトカラーな就職先が減ってるというのもあるだろうし、フリーターなど非正規雇用でやむなく一時的に飲食店などに籍を置く若者が増えているというのもあるだろうし。欧米がそうであるように自分に合う業種や職場を探すということが容易になりつつあり、職場を移るというのがキャリアアップなどと称して市民権を得てきているということも後押ししている。
いろんな事情によりコーヒー業界に籍を置いて、その後コーヒー業界にどっぷりと漬かるもよし、新たなビジネスチャンスをコーヒー業界に見つけるもよし、あるいはいい勉強したって言ってほかの業界に移って行くもよし。
世界第二の産業だけに業界は古く、アタマの固い人たちもたくさんいる。古い体質だと思うところもたくさんある。若い子が参入して「おかしいぞ?」って思うこともたくさんあるだろう。よその業界から入ってきたら「この方法のほうが優れてる」ってノウハウをたくさん知ってるかも知れない。お客さんだってどんどん世代が入れ替わってる。もっともっといろんなことがやれると思うし、やるべきだと思う。それには若い子が大挙してコーヒー業界に押し寄せてきて「働かせろ!」って言ってくるくらいじゃないとダメだなって思う。今変えようとしたことが実際に変わるのは、しばらく後になる。時間がかかることをやれるのは、若い世代の特権だ。

世界はどんどん狭くなる。外国語を自在に操れる日本の若い子が世界で飛び出して、いろんなところで活躍している。行き来だって今以上にラクになるはずだし、物流だってもっとスピードアップされるだろう。オンラインで世界中がつながっていく。そんな時代にコーヒー業界に飛び込んで、コーヒーの生産から小売までのあらゆる段階に出向き顔を突っ込み、好きな分野で仕事ができる。日本がアメリカが生産国がなんて関係なく、コーヒーで世界がもっともっと隅々までつながっていけるのだ。

僕はもう旧世代に片足突っ込んでいるようなもんだけど、できればこういう若い世代の子たちがもっともっとコーヒー業界に興味を持ってくれて、働き甲斐がある職場で活躍できるような、あるいはアイデアとやる気があればなんでもチャレンジできるような仕組みにしていきたいなと思う。そのために、僕ももっともっとがんばらなければなー。

そして若者よ、コーヒー業界にカモーーーーーーーーーーーーン!


     ◆     ◆     ◆



というわけで、この記事が、このブログの300本目になるんだそうです。管理画面を見ると。祝300記事!パチパチ!

2009年2月からはじめたブログなので、足掛け三年ちょい。一年に100本ペースで書いてるわけね。とは言っても、最近はペースが落ちつつあるので、このままいくと今年は100もいかないような気がする・・・うーん、ツイッターやFBを減らしてブログにリソースを割くかw
日本全国に400万人はいると言われているロングブラックファンの皆さんに向けて、これからも細々と書いていきますので、今後とも合言葉は「ビバ!ロングブラック!」でよろしくお願いしますね〜
posted by ホゼ at 11:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

バリスタスキル診断表

あなたのバリスタスキル診断表

8点 感動を伴う素晴らしさ (その分野で自他ともに認める第一人者である)
7点 素晴らしい (よそのバリスタに教えを受けるより教えを請われるほうが圧倒的に多い)
6点 とても良い (自分のいる職場で、望まれるレベルでちゃんとできている)
5点 良い (自分ではある程度できてると思っている)
4点 普通 (お客さんの前に立てる最低限のレベル)

・基礎点36点
・6点から0.5点刻み

以下の表に書き込んで診断してください。

80点以上でスペシャルなバリスタです。
84点以上で大会に出るレベルのバリスタです。
90点超えるとめったにいないとてもすばらしいバリスタでしょう。

どこかで見たような表&採点方法ですが、そこは気にしないで下さい。
ご利用は自己責任で。

barista_skill_diagnosis_table.jpg


あくまでもジョークです。あと明らかに何かをパロってますので、元ネタの方からお叱りを受けるようなら記事を削除致します。


ところで、表によると、僕は残念ながらハイコマーシャルバリスタ(何のこっちゃ)だそうです。そりゃこんなことやってるからだアホ、仕事しろい。という話ですな。トホホ。
posted by ホゼ at 14:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

最高に安全な一杯を

メルセデス社の安全哲学を端的にあらわす言葉がある。

いかに高価な自動車であろうと人命に勝るものではない

img_philosophy.jpg
自動車の安全性向上への多大なる功績によって「ミスター・セーフティ」と呼ばれたベラ・ヴィクトル・カール・バレニー。1994年には、自動車業界で最高の栄誉である米国「自動車の殿堂」入りを果たしました。1997年、90歳で永眠。彼が発明した数々の安全技術は、これからも多くの自動車の中で生き続けることでしょう。(メルセデスベンツオフィシャルサイトより)

>>メルセデス・ベンツ オフィシャルサイト




一杯のコーヒーにも同じ哲学を持とう。
いかに美味しいコーヒーでも人命に勝るものではない、のである。



そのコーヒーは安全だろうか。
目の前の茶色い液体を見て何を基準に判断すれば良いだろうか。
飲んでみないとわからないことなのだろうか。

海を越えた緑豊かな国々で育ち、収穫され、精製され、それが日本へ出荷される。それが日本で焙煎され、抽出され、目の前のカップに注がれているのである。
道のりが長すぎて、そのすべての段階で安全であることなど、消費者が直接知りうるところではない。しかし、カップを目の前にして、ひとつだけ知りうることがある。

そのコーヒーは安全に抽出されたか。

飲食店における消費者が関わる事故のほとんどが食中毒である。食中毒まで起こさなくても、そのカップが衛生的に作られなければならないのは当たり前である。食中毒の可能性をゼロにするように努力しなければならない。

食中毒の基礎知識

細菌発育の3条件

1.栄養
ヒトにとって栄養となる食品は、細菌にとっても栄養源となります。調理器具類では、食品の残さや汚れが細菌にとって栄養源となります。

2.水分
細菌は、食品中の水分を利用して増殖します。水分含量50%以下では発育しにくく、20%以下では発育できません。

3.温度
ほとんどの細菌は、10~60℃で増殖し、36℃前後で最もよく発育します。

(サラヤオフィシャルウェブサイトより)

>>サラヤウェブサイト



バリスタの仕事場を思い浮かべると。
1.作業スペースの上のコーヒーカス、挽いたコーヒーの飛び散り、ミルクのハネなどがありそうだ。
2.水仕事で手が濡れるし、マシンや水まわりなどあちこちに水分が多そうだ。
3.マシンや製氷機など厨房機器は熱を持つものが多いから36度前後になっているところがありそうだ。

というわけで、食中毒の可能性があることは理解できると思う。
それを徹底的に無くすようにしなければならない。
そのためにはどうするか。

洗浄、清掃を常に行い、清潔にする。これに尽きる。

バリスタは常に自分自身と作業場を清潔に保ち、清潔な器具を用い、清潔なカップを使用しなければならない。
汚れたらすぐ拭く。水分は残さない。乾燥しているところでは細菌はなかなか増殖できない。水拭きしたら乾拭きする。濡れた手はすぐ拭く。ちらかっていると汚れに気がつきにくい。だからすぐ片付ける。とにかく清潔に、清潔に。

清潔にするというのは特に技術も要らないし、経験を必要とするものでもない。誰でもできるし、簡単にできる。

今日からさっそくやろう!とにかく清潔に、清潔に!
posted by ホゼ at 18:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

どんなカフェでも「有り」なんだ

カフェにはいろんなスタイルがあるわけで。



ウチはエスプレッソ専門の移動カフェなんだけどね。
ほかにもいろんなカフェがあるでしょ? 和カフェ、雑貨カフェ、ブックカフェ、古民家カフェ、オーガニックカフェ・・・ほんとカフェの数だけスタイルがある的な。

でもどのカフェにも共通することがある。

「お客様が飲食したお代を頂戴するのが商売です」

そりゃそうだと簡単に言うなかれ。お金を頂戴するのは、結構タイヘンだ。




まずたいていの人は、その店を知らない。有名チェーン店でなければ、オープンしたてならなおさら、何年もやっててもなかなか知名度が上がらない。これにはちゃんと理由がある。たいていの人はその店に興味が無いのだ。必要とされてないのだ。その店を知らなくても、ちゃんと生活できているわけだからね。
新聞折込、フリーペーパー、地域情報誌、クーポン誌などに広告を出してみる。それでも、反響はそれほど多くない。1万部発行のクーポン誌に掲載して、クーポンを持ってくるお客さんが1万人いるわけない。クーポンというメリットがあるにしても、なかなかお客さんはその店に興味を持ってくれない。
じゃあインターネットで集客する? いやいや、その地域の何人がインターネットに接続できるか知らないけど(といってもケータイまで含めるとインターネットにアクセスできない人はもうそんなに多くないと思う)、やっぱりそんなにお客さんは来ない。
よし、店頭や周辺にサインだ看板だ、店舗のファサードだ、と言っても、よほどキョロキョロとお目当ての店を探すような人でないと、なかなか目に留まらない。
つまり、その店は日本の人口から考えると、ほとんど知られていないわけ。

知らないのだからその店に行きようがない。つまり、知らない人はお客様候補ですらない。

運良く知ってもらったとしよう。通りすがりに目についた、人から評判を聞いた、クーポン誌を見てたら載ってた、など理由はさまざまだろうけど、とにかく知ってもらった。
知ってる人なら全員お店に来てくれるかというとそうじゃない。
誰でも「あの店に行ったことないなあ」という店がそれこそ山のようにあるだろう。知ってても行ってないわけだ。
なぜ行かないか。理由は簡単。行く必要がないから。

必要がないのだからその店に行くことはない。やっぱり、お客様候補ではない。

かなり幸運にも、その人がその(ような)お店に行く必要があるとしよう。その人は晴れてお客様候補だ!
ではその人はお店に来るだろうか? いやいや余程の田舎で飲食店は一軒きり、という状況でもない限り比較検討が始まるのだ。「いつもこっちのカフェに入っちゃうけど、通りの向かいにもカフェがあるんだよな」というようなこと、よくあるだろう。
何か理由があって、入る店を選んでいるのだ。

お客様候補は、必ずお客様になってくれるとは限らない。




当たり前のことを言っているように思うだろうけど、これ、意外と忘れ去られている話だと思う。
お客様は、来ていただいた時点で相当のハードルを越えてきているのだ。
かなり限られた、そして偶然や運が重なった、奇跡のような確率で、お客様は来ていただいているのだ。

そこで「だからお客様は神様で」などと言うつもりは毛頭ない。残念だが。
何が言いたいかというと、それだけ集客ってタイヘンですよ、ってことである。

さらにお客様は飲み物や食べ物を楽しみ、そして代金を支払うに至って、カフェの目的である「お客様が飲食した代金を頂戴する」を達成できるわけである。
カフェってタイヘンなんだよ。
(あ、カフェに限らずだけど)



さて。これほど集客がタイヘンだとすると、ただ良いコーヒーを並べているからと言っておいそれとお客様が列を成すってことにはならないはずだ。
ではどうするかというと、お客様に来ていただくためのハードルを下げる努力をするわけ。それがマーケティングとか言うことなのかなー。
こんなお客様に来てもらいたいから、こーゆーお店でこんなもの出してます、っていうようなことね。
あるお店は産地との関わりを大事にしたり、あるお店は抽出にこだわってみたり、あるお店は焙煎理論を突き詰めてみたり、あるお店は雰囲気や調度品を外国のカフェっぽくしてみたり、あるお店は手作りのお菓子が専門店顔負けだったり、あるお店は絵画を飾ってみたり。
同じルール(お客様に飲食してもらって代金を頂戴する)の中でアレコレやってるわけ。

だからね、あそこはダメだ、なんてことは無いのよ。
コーヒーが美味しくないからダメだ、焙煎が下手だからダメだ、値段が高いからダメだ、量が少ないからダメだ、バリスタがバイトだからダメだ、紙コップだからダメだ、店が狭いからダメだ、フランチャイズだからダメだ、ラテアートばかり有名でダメだ、店主がウンチクばかりでダメだ・・・
いろんなダメ出しをする人がいるけど、ダメなんてことは無いの。強いてダメな店があるとすれば、あそこのコーヒーは安全じゃないからダメだとか、あそこは採算度外視で市場価格を大幅に下回る価格だからダメだ、とかかな。
普通に営業しているお店なら、それがどんなスタイルであれ、ダメなんてことは無い。
美味しくないコーヒーを出しているとしても、それでお客様から代金を頂戴できていれば、それはそれでこのルールの中では「有り」なんだよね。

個人的には、好き嫌いというのがある。この店は好みだ、あるいはこの店のスタイルは好きではない、ということがある。それはそれでいい。行かなければいい。しかしそういう店に対してダメ出しするのは良くないね。
好きではないスタイルであれば、その店には行かない。それだけでいいんだ。ことさらに「ここが好きじゃない」だの「こーすれば良いのに」だのと言う必要はない。

なんでかと言うと、どこの店でもいくつものタイヘンなハードルを越えて来ていただいているお客様、そういうお客様を含めてその店を否定するのは、天に向かってツバを吐くようなものだからだ。
お店はどこでもあの手この手で自分のお店にフィットするお客様に対してアピールしている。カフェの数だけ、いやそれ以上にお客様のタイプがあるのだから、いろんなスタイルのカフェがあって当然なのだ。そしてすべてのお店にいるお客様は、すべて、いろんな偶然が重なって、いろんな選択肢を慎重に(時には大胆に、かも知れないが)選んでその店にいるんだ。
だから、自分がそこに「いたかも知れない」可能性が大いにある。もしくはそういう店にかつて客としていたことがあるかも知れない。
今はそのチョイスを良しとしない自分がいて、好みに合わないからその店に行かないとしても、自分を含めたすべてのカフェのお客様を否定するようなことを言うべからず、なんだ。
ある特定のスタイルのカフェが好きなんだというのは、ほかのすべてのカフェのスタイルを肯定して初めて言えることなんだよ。

そして、特定のスタイルのカフェが嫌いだなんていうのは、せっせとカフェに行く自分自身を否定していることに他ならないんだよ。
posted by ホゼ at 16:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

Tastes of Melbourne 大西マサくんがつくる本場オージースタイルコーヒーを体験しに行こう!

Smallbatch, Seven Seeds, Market Lane and more...?
Tastes of Melbourne
Date: 2011/ 9/25 (Sun) 11:00 ~ 18:00
Espresso Felice Roaster 東京都豊島区高田1-38-12 目白ガーデンハイツ1F

メルボルンを代表するコーヒーロースター(Seven Seeds, Auction Rooms, Market Lane Coffee)のコーヒー用意し、普段のFeliceのメニューでは無く、オーストラリアで一般的に飲まれているエスプレッソを中心としたメニュー及び、ハンドドリップやエアロプレス等のFilter抽出によるシングルオリジンコーヒーを提供致します。
※開催中は特に時間を決めてセミナーや企画等用意しておりませんが、実際にメルボルンのコーヒーを飲んで頂き、写真等を見ながら、オーストラリアのコーヒーカルチャーやこちらでの生活、日本との違い等についてお話しできればと思っています。


ToM.jpg

メルボルンでバリスタとして活躍している大西マサくんが帰国してすぐに行うワンデーイベント。
コーヒーの味やスタイルや文化などいろいろ知ることができる素敵なイベントです。
これは行かなきゃ、ですよー!!!
posted by ホゼ at 08:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月05日

移動カフェの始め方! 番外編・儲かってますか

前回のポストまで、三回に渡り「移動カフェの始め方!」を書いたわけだが、番外編として「儲かってますか」というテーマを考えてみたい。




え?うち?さあどうですかねwww 最後まで読むとわかりますよwww




なんでこんな話をし始めたかというと、今日、タイムリーにお客さんがそういう話を振ってきて、ちょっと移動カフェというビジネスについて考えさせられたからだ。

そのお客さんはおそらく五十代前半くらいのサラリーマン、身なりや話し振りからして、それなりのポストにある人なんじゃないかなと思う。
で、その話の内容はこうだった。
(わかりやすく再構成してあります)

「なんでここに店出してるの? 美容室の裏側の駐車場に移動カフェを出しても、買ってくれる人はほとんど美容室のお客さんだけだろうから儲からないでしょ。一日美容室のお客さんが何人くるかわからないけど、全員買ってもらっても十杯か二十杯でしょ、もっと人通りが多いところでないと難しいんじゃないの? 少なくとも一杯300円で五十杯売って、一万五千円、コンスタントにこれくらいはないとコストばかりかかって儲からないからやる意味ないでしょう。 よそに行ったほうがいいよ。 コーヒーは確かに美味いね、感心した。また来るよ」

悪くない計算だ。これなら一日一万円くらいは手元に残って、休まず仕事をすれば月に三十万残る計算だ。目安としては悪くない。

僕もこんなことを考えていたことがあった。サラリーマンをやっていた頃だ。
少しサラリーマンをやると、会社のお金の流れとか儲けの仕組みというのがわかってくる。そうすると、移動カフェをやるに当たりこんな感じのお金の流れならやってけるなー、なんてパパっと計算できてしまうわけだ。
ところが。実はこの計算をすること自体が大した意味を持たないのだということに、サラリーマン的な感覚だと気がつかないことが多い。事実、僕も気がつかなかった。
それってどういうことかと言うと・・・

「場を作ることそのものが目的であり、何かの目的を達成するために場を作るのではない」

ということだ。
移動カフェに当てはめて言えば、移動カフェで生活できる程度に儲かるというのが目的であるとすれば、お金儲けのために儲かる移動カフェを作るということではないということだ。
禅問答のような話だが、お金儲けそのものを第一に達成すべき目的とするならば、飛脚の宅配便で働いたほうがよほど儲かるし、もし移動カフェで儲けたいならやりたいことより売れるもの儲かるものを優先して売るほうがいい。もし提供に手間のかかる美味しいコーヒーより作り置きした品質の悪いコーヒーのほうが売れるというなら、そのほうがいいだろうし、もしコーヒーよりタコヤキのほうが売れて利益も上がるならタコヤキを売ったほうがいいってことだ。
そしてそれは、サラリーマン的な感覚に通ずるものがある。
しかし、僕たちは違うんだ。
移動カフェをやりたいという思いは、美味しいコーヒーを提供したいという熱意は、お客さんの「美味しい」の言葉を待ってるこの気持ちは、ほかの何かよりプライオリティが低いなんてことは有り得ないんだ。
だから、僕たちは、最高の一杯を提供するために移動カフェをやっているし、それを儲かるようにしなきゃいけないなと毎日努力しているわけだ。

その場を、つまりその移動カフェを、儲かる場に作り上げていくんだ。



冒頭の計算は確かに、ある側面から見て必要な計算だろうと思う。恐らくは(この儲かって無さそうな移動カフェを見て)心配になったので老婆心が出たのであろう、わざわざ時間を割いて計算してくれたわけだ。もしかしたら僕が計算もろくにできないような大人に見えたのかも知れない。いやこれはマジで見えてもおかしくないわけだがw

しかしこのお客さん自身が、別の回答を最後に提示してくれたことは、ある意味皮肉なことだ。
「コーヒーは美味い。また来るよ」
そら、ここにファンが一人増えた。きっと彼は再来店してくれる。彼が言うような人通りが多い「よそ」とやらに移らなくても、この場所でこの移動カフェは成長していけるし、この移動カフェがあることでこの場が成長していけるんだ。

ね、僕らはこうやって場を作っていけるんだ。



儲かってますか、ですって? そりゃもちろん儲かってますよ、だってこの場を作ったのは僕なんですからね、ゼロからスタートしてるわけですから今でも十分に儲かってますよ、そんでもっとこの場を育ててもっと儲かるつもりですよ、わはは。
posted by ホゼ at 00:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

音楽とコーヒー

サンシャインステイトエスプレッソ号(僕の移動カフェ)ではいつも音楽を流している。
iTunesに突っ込んである音楽の中から適当に(iTunesが)iPodに入れた曲を流しているのだが。



音楽と思い出が密接に結びついているという経験をしたことは、誰でも一回や二回したことがあるだろう。
むしろ、多くの人は、音楽が重要な役割を果たしている思い出というものをいくつも持っているのではないだろうか。


さっき、Goldfingerというバンドの曲が流れていた。ジャンルで言うとメロコアだ。しかもオールドファッションドなメロコアバンドだ。
僕が大好きなバンドなのだが、知名度で言えばイマイチかもしれない。
だから、この曲での集客効果は無いに等しいと思う。そして、いらしていただいているお客様の多くはメロコアというジャンル、しかも結構古めの曲なんてのを聴きたいと思っていないと思う。この曲を知らないわけだから、お店のBGMとしては失格なのかも知れない。

けれども、これは僕のコーヒーの一部なのだ。
この曲がかかっているときに、ニカラグアのエルポルベニール農園のエスプレッソをいくらかリストレット気味に抽出して少し濃い目のロングブラックを作る、そしてそれをお客様が飲む。少し酸味が強いかも知れない、口当たりも強い。音楽はキャッチーなメロディのパンクソングがかかっている。
外は雨だ。細かい霧雨がまとわりつくように降っている。日も暮れて、8月と思えない涼しさだ。


実際にさっき、このようなシチュエーションだったわけだ。
お客様は初めて来た男性、少しガツンと来るようなのを飲みたいということで、ロングブラックのボールド(濃い目)を作ったわけだが、半分くらい、軒先で飲んでから「残りは車の中で飲むよ」と去っていった。



このお客様が、果たして移動カフェで飲んだ一杯のコーヒーとそのとき流れてた音楽をセットで記憶に残してくれるかどうかはわからない。

でも、もし記憶の片隅に残ってて、あとで思い出したときに、コーヒーとセットで流れてた音楽がダサい、しょうもない、ありきたりのものでは、ちっとも面白くない。
「なんかヘンなのかかってたな」
と思ってくれればいいなと思う。
「なんかカッコイイのかかってたな」
そう思ってくれれば最高、そしてその曲を探してみようかななんて思ってもらえたら、天にものぼる気持ちだ。







コーヒーを飲んでいるときに耳に入る音楽が、願わくば、お客様にとって素敵な体験の一部になりますように。
posted by ホゼ at 19:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

一年間で三つの事業をスタートさせよう

事業という言葉の意味はいろいろに取れるわけだけど。

「外部に対して何がしかの影響を与える、一定の成果を目的とした取り組み」

って感じかな。




今年もそろそろ半年が過ぎようとしているわけで、このまま行くと師走あたりで一年を振り返って「あれ?今年、何してたんだっけ?」となりかねない勢いだ。

これは、すごくたくさんの新しいことにチャレンジし続けていて、一定の成果をあげ、さらに伸ばすために努力し、その傍らでまだまだ新しいことに取り組み続けている、などというパワフルでクリエイティブな人には関係無い話なのだが、僕みたいにぼーっとしているうちに春になり、よくわからないままお盆が来て、何してたかわからないまま師走を迎えるようなタイプには重要な話なのだ。

今年、いったい何してたっけ?


そうならないために、タイトル通りの「一年で三つの事業をスタートさせよう」である。





ルールは簡単。アイデアや提案を実行に移して、形になった数をカウントするだけ。

ただし、次のガイドラインは遵守しよう。

1.始めたというだけでは、カウントしない

×インターネットショップのために準備を始めた
○インターネットショップを開店した

2.一定の成果があっても一般的な行為である場合は、カウントしない

×家の不用品を捨てようと思ったが、分別してリサイクルできるものはリサイクルショップに持っていった(リサイクルという成果が出た)
○あらゆる不用品について資源とそうでないものを分別できるチェックシートを作成し、市役所に使用してもらえるように電子媒体として提供した

3.対外的な理念の無い活動は、カウントしない

×秋に自分で育てた茄子を食べるべく、家庭菜園を始めた
○空き地の所有者に了解を得、そこを耕して、都会っ子のための家庭菜園体験施設として開放した

4.他人に言うのをはばかられるような活動は、どんなに難易度が高くてもカウントしない

×どこかの国の政府のコンピューターシステムをアタックした
○iPhoneのアプリを公開した

5.何かを止めることで必然的に始まる活動、環境が変わることでやらなければならなくなる活動は、カウントしない

×転職したので、まったく新しい仕事に取り組むことになった
○副業を始めた



今年も残るところ半年、去年と同じことしかやってない、去年と同じ量しかこなせてない、それでは成長ってもんが無いよね。

後半戦、がんばって行こう!
posted by ホゼ at 16:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

それはダメだろう、と思ったいくつかのこと。

ここしばらくの間にいろんなところで見聞きした「それはダメだろう」と思ったこと。



1)ラテアートはお客を待たせてまでやるもんじゃない

僕の移動カフェなんか、たいていヒマだから、たいていラテアートをしている。
この「たいてい」というのがミソで、もし忙しかったら普通に注ぐスピードで描けるものにする。たとえば、ハートなんかにするわけ。
すごく凝ったデザインのラテアートが描いてあればそのお客さんは喜ぶかもしれない。でもその後ろに並んでるお客さんは?
常に最高のパフォーマンスをという姿勢は、プロとして当たり前だけど、最高のパフォーマンスには「待たせない」というのもあると思うんだ。
コーヒーを待つお客さんが並んでるのに、カップをぐるぐる回しながらラテアートをしてるなんて、あんまり褒められたもんじゃないと思う。


2)お客様は千差万別、許容範囲は広くなきゃ

すべてのお客様はマナーが良くてお行儀のいい人、なわけない。
僕の移動カフェにも、マナーが悪いひとも来る。そういう人に「マナーをよくしてください」と言う? いや、言わないね。
マナーが悪い人ってのは、いずれ来なくなる。なぜなら100人のマナーがいい人の中に一人だけマナーが悪い人がいる、っていうのは、意外と居心地が悪いものだからだ。その人はきっと、いつか来なくなる。
だいたい、お店側の人ってのは、ヨソに行けばマナーのいい客だ。自分が苦労してるからね。
でも、それと同じ態度をすべてのお客様に求めるのはちょっと酷。
いいかい、お客様が行儀良くするかどうかなんて、お客様の自由なんだ。お店はそういうお客様も受け入れなきゃならない。もし、それがどうしてもイヤなら、会員制にすればいいんだよ。


3)カッコだけつけても、バレますよ

バリスタってのは若者の憧れの職業のひとつらしい。「かっこいい」からだってさ。
でもね、かっこだけのバリスタが世の中にはわんさかいるから気をつけろよ、若者よ。
たとえば、エスプレッソマシンを華麗に操作するバリスタ。ほら、手元をよーく見てみて? 汚れたスチームワンド、エスプレッソのハネがついたマシン、こぼれた粉。動作だって、ポルタフィルタをノックするとき乱暴に叩いてたり、カップをセットするときにカチャカチャ言わせてない? ダメだよ、それじゃ。三流の仕事。
見る人が見ればわかるんです。


4)社交辞令は、ダメ

お店とお客さんってのは、友達ではない。当たり前だけど。
だからこそ、社交辞令はダメだよね。またお待ちしております、なら、本当にまたお待ちしなきゃだめ。
またお待ちしているためには、そのお客さんの顔を覚えなきゃ。次に来たときに「こないだはどうも」って言えなきゃ、またお待ちしていますってのは単なる社交辞令に過ぎなくなってしまう。
一時が万事、社交辞令になってしまっている店ってのがあるけど、それじゃあ伝わらない。
ありがとうございました、って言うときはほんとに感謝しないと。申し訳ありません、って言うときは本気で謝らないと。「とりあえず言っとけ」って感じのお店、多いんじゃない?


5)お客さんは待ってても来ない

お客さんは、ただ待っててもそんなに来てはくれないものだ。
来てもらうためにはどうする? 呼ぶしかない。お店の前を歩く人に直接声をかけて来てもらう、チラシを撒いて近隣の人に来てもらう、クーポンを撒いて値段で釣って来てもらう・・・ いろいろ方法はある。あるが、やってもそうそう増えるもんじゃない。でも、だからと言ってやらなければゼロのままだ。もし効果が低くても、一度はやってみよう。ほんの少しでも効果があったなら、続けてみよう。
お客さんは待ってても来ない、でも何かすると、どうしたものか立ち寄ってくれる人がいたりする。行動しなきゃ、ダメよ。


ここしばらく、あちこちで見聞きしたことなんだけど、反面教師として記録しておくことにする。
posted by ホゼ at 22:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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