2013年01月31日

僕が見て聞いた範囲だけど、福島の話をしようと思う。

ちょっと福島の話をします。

サンシャインステイトエスプレッソだいくら店ということで、毎週福島のスキー場( 会津高原だいくらスキー場)に行っているわけですが、現地の方や来場者の方にお話を聞いたり、現地のお店を利用したりすると、見えてくるものがあります。
主に会津高原周辺にフォーカスして、書きます。



福島は広いです。
たぶん、福島には「浜通り、中通り、会津」という地域の区分けがあることを皆さんは知らないと思います。福島はかなり広く、その面積はなんと日本で3位です。ちなみに1位は当然の北海道、2位は同じ東北の岩手県です。長野県より広いというのにはちょっとびっくりしませんか?
浜通りは、海沿いを指し、原発施設などがあり、震災の被害に関して「福島」と言う場合皆さんがイメージされるのがこのエリアでしょう。およそ50万人の人が暮らすエリアでした(現在の人口はわかりません)。浜通りも南北に広いですが、エリア全体として甚大な被害があり今でも復興の見通しがついてないと言っていいと思います。
中通りは国道4号や新幹線が走る県の中心部です。県庁所在地があり、人口も浜通りの倍、100万人が暮らします。こちらも地震、原発の両方の被害を(浜通りほどではないにしても)受けています。
そして会津です。奥羽山脈の西側、人口は浜通りの半分、中通りの4分の1ほど、会津若松を中心に山あいの町が点在する地域です。ここは、地震、放射線ともに、直接の被害は非常に軽微であったと言えると思います。

だいくらスキー場がある南会津町は、その名のとおり、会津地方にあります。
地震のときの様子をスキー場のスタッフに聞くと、もちろんスキーシーズンであったため、スキー場は営業をしていたわけですが、リフトがゆらゆらと揺れて大きい地震が来たなあと思ったけど、まさかこんな被害をもたらすほどのものだとは思わなかった、と言います。
会津は地盤も強固で、震源地からも距離があったためでしょう。
地震による被害は、ほとんど無かったといいます。
そして原発事故による放射線の被害。こちらも、風向きの関係なのか地形なのか、会津地方にはほとんど影響がありませんでした。現在でも各地で放射線量を測っていますが、会津の線量の低さは首都圏各地よりよほど低いくらいです。

概略、このような感じで、南会津町で聞く限りは、繰り返しになりますが「直接の」被害はほとんど無かったと言えます。
しかし、直接の被害が無かったにもかかわらず、会津も被害に悩むことになります。メディアでも報じられている通り、風評被害という被害を受けることになってしまいました。



今年の大河ドラマは、福島を題材にしたものとなりました。昨年、その話が決まったときには、福島(とくに会津)は「これで人が来る、ものが売れる」と期待をしたそうです。
そして放映開始、実際に手ごたえはあるようです。人が増えてきた、モノが売れてきた、という実感があると聞きました。今年の桜のシーズンは、ドラマのタイトルにも桜と入っていることもあり、相当の人出を期待しているとのことです。

だいくらスキー場も、やっと今年は(地震の前の水準には及びませんが)売り上げが戻ってきています。昨年よりもスキー場には活気があるようです。ドラマの影響ももしかしたらあるのかも知れません。安全だというのが知られてきたのかも知れません。お客様が昨年より多いのは間違いないようです。
しかしそれでも、地震以前の年に比べると、何割も落ち込んでいるという現状です。やはり、人が来ないというのが数字に表れています。
観光土産を売る施設、さまざまな自然体験などができる施設、そのほかにも観光や体験学習を求める県外からのお客さん向けの施設がたくさんありますが、関係者に話を聞くと「人が来るようになってきた」と言いますが、どこも、地震以前に比べるべくもない来場者数で、もっと来てもらわないと困ると聞きます。
農作物も、事故から月日がたつにつれ、だんだんと売れるようにはなってきたようです。しかしそれでもなかなか売れないという状況は変わらず、農家さんもまだまだ厳しいということです。
先日、大相撲で優勝した力士に福島県産のお米が副賞として贈られました。
これに関しても、やはり福島の農作物の消費が落ち込んでいることを受けての、福島への配慮だったのかなと思います。

被災して一時金が出た、手当てが出た、というのはたしかにそのときに必要なお金ですから大事なことです。
私たちの税金から出ていると思いますので、みんなで支援しているということになっていると思います。
そして、震災後に募金などで直接的にお金や物資を送ったり、ボランティアとして現地に出向いたという方も多いと思います。これもそのときに必要なお金やモノ、ヒトが現地に行ったということで、とても大事なことだと思います。
しかし、もっと大事なのは、被災地の皆さんが今後どうやって生活していくかということです。生活にはお金がかかります。お金を得るには仕事をしなければなりません。
第二次産業のなかでも割合の多い原発が事故を起こしてしまい、今後が不透明な状況です。工業製品の製造などの第二次産業は福島県内だけの努力ではなかなか増えていかないと思います。大手メーカーの工場誘致などが進めば増えると思いますが、生産拠点を海外にシフトする昨今ですし、今福島に生産拠点を移すというのは、どのメーカーにとっても難しいと思われます。
第一次産業のうち、水産業も難しい局面が今後長いこと続きそうです(そして中通り、会津には海がありません)。
というわけで、第一次産業のうち、農業と酪農、そして第三次産業に期待するのが順当だと思うのですが、そこが風評被害でダメ、となっています。

主に会津で話を聞いているわけですが、被害が無かったにもかかわらず経済は思いきり減速してしまっている、打つ手は打ったがなかなか効果が無い、というような意見を多く耳にします。
確かに、僕はここ10年ほど会津に縁があって通っていましたが、人が少ない、モノが売れてないというのは他県から来た僕にも感じることができるほどです。
実際に具体的な数字を聞くことも多いのですが、震災前と比べて、売り上げが7割もあれば良いほうだという印象です。半減、それ以下ということになると、その事業そのものを続けられなくなってしまうかも知れません。農業にしろ、サービス業にしろ、その商売が続けられずに廃業してしまうという話も聞きます。そうでなくても、なんとか続けてはいるけれどもギリギリ、綱渡りというところがたくさんあるのです。
その結果、地元で事業を行っている人、働いている人が、少なからず町外、あるいは遠く県外に仕事を求めて出ていってしまうという現象が起きます。
といっても、出て行く先はほとんどが復興特需のある地域、つまり同じ福島県内や宮城、岩手というところです。あちらは今、人手が足りないということで行けば仕事があるそうです。そこに行って、地元の家族に仕送りをする、そんな人たちがいらっしゃいます。

僕はこれが後々に問題になるんじゃないかと危惧しています。
もともと日本の経済自体が長期的に減速しています。さらに地方、特に会津のほうなんかは若者が減る一方で高齢化、そして過疎化しています。そんなところに、数少ないこれからバリバリ働こうという若者や、仕事的に現役な世代がどんどん外に出て行ってしまったらどうなるか。
彼らが一年、あるいは数年して戻ってきたとき、地元に彼らがやるべき仕事が残されてないのではないかと。彼らがいなくなっている間に、そのエリアで存在できる仕事の絶対量が減ってしまうのではないか。エリアそのものが急激に経済的に衰退してしまうのではないか。
もはや戻ってきても彼らを受け入れるだけのチカラがその地域に残されていないのではないだろうか。そう思うのです。
そしたら彼らはどうするのでしょう。彼らの家族はどうするのでしょう。

今、ここに残ってふんばってる人たちがたくさんいます。というか、いろいろな事情があるにせよ、ほとんどの人は外に出て行かず、地元でがんばる道を選択しているわけです。
でも、風評被害などによるつらい状況が長引けば、仕事を求めて出て行かざるを得ない人が増えると思います。
出て行かないにしても、どんどん経済が縮小していって地元出身の人が戻れない、町の活気は無くなり過疎化高齢化がどんどん進む、そんなことになってしまいそうです。

僕ら他県から会津の人たちにしてあげられること、それは昔と変わらず会津と付き合ってあげることなんだろうと思います。
幸い、放射線に関する情報はインターネットなどでかなり詳しく知ることができます。だいくらスキー場でも放射線量を測って公開してますが、関東地方の一部などよりよほど低い値です。
福島には確かに危ない場所はある。行かないほうがいい場所があり、口にしないほうがいい野菜もあるでしょう。しかし会津高原は安全度が高い場所であると言っていいと思います。
なのに、みすみす町が衰退してしまうのを指をくわえて見ているだけというのはちょっと口惜しいのです。
昔と変わることなく、会津のトマトやアスパラなど野菜を買って食べる、湿原やスキー場にレジャーに出かける、鶴ヶ城や大内宿などに観光に出かける、それで町の未来は救われるのです。
難しいことはありません。ただ、昔と変わらぬお付き合いをしていただければ、それでいいと思うんです。

スキー客の中には、こうおっしゃる方がけっこういらっしゃいます。
「ここは安全だからね、毎年来てるからほかに変える必要も無いし、今年も来たよ」
そして、そうおっしゃる方はたいてい、こう続けます。
「来てお金を使うのが何よりだと思ってね」

これが全てだと思います。こういう方たちはきっと普段も「南会津町産」という野菜があれば買っているはずなんです。
福島のために何かしようという気持ちを、安全が確認できたのであれば例年通り福島に行くし野菜も買う、という行動に移している。特別に福島に義捐金を送ったり、声高に「福島を救え」などと叫んだりしなくてもいいと思うんです(そういう人たちはさらに有難いと思っています)。

僕は今、福島(会津高原)に週一回来て、コーヒーを淹れることが福島を応援することになると思ってやっています。これは震災と原発事故があったからこうしているわけです。でも、もしコーヒーを淹れに週一回来るという話にならなかったとしたら、やっぱりスノーボードをしに来るわけです。たくさんの現金を義捐金として送るというのは僕の財政的には無理だけど、レジャーとして遊びに来るくらいのお金はなんとかなる、だから例年通り、遊びに来る、というわけです。そしてスキー場でご飯を食べ、何回かは宿泊もするんだろうと思います。無理して支援をしなくても、みんなが例年通りの行動をするだけで、この町の人の未来はなんとかなるのです。



日本中の人が、そう思ってくれればいいなと思って、コーヒーのブログなのにこんな記事を書いてみました。
(もちろん、このブログの影響力など微々たるものだというのは承知です。でも知ってもらいたかった)
長文に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
posted by ホゼ at 10:07 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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