2012年03月22日

焙煎の度合いについて(あるいはSSEのコマーシャル)

コーヒーの生豆に熱をかけることが焙煎である。



焙煎の度合いによって味が変わるというのは、なんとなく皆さん経験則として知っていると思う。そのため、焙煎の度合いを風味の目安として使用することが多いと思う。
「コクのあるコーヒーが好きだから深煎りがいい」
てな具合である。

コーヒー豆の焙煎度には、一般的には8段階からなるシステムがよく用いられる。

1度 ライトロースト
2度 シナモンロースト
3度 ミディアムロースト
4度 ハイロースト
5度 シティロースト
6度 フルシティロースト
7度 フレンチロースト
8度 イタリアンロースト


このいくつかを括って、三つに分けたのが「浅煎り」「中煎り」「深煎り」である。さすがに三つに分けただけでは足りなかったか「中深煎り」などという中間の言い方をするときもある。

これらの分類の目安になっているのが、コーヒー豆の表面の色、釜から出したときの温度、それと、ハゼである。
コーヒー豆の色は、深いローストほど黒っぽくなることから目安になることはわかると思う。
また、焙煎が進行するとコーヒー豆の温度がどんどん上がっていくので、それも目安になり得る。
そしてハゼだが、コーヒー豆は焙煎するときにパチパチと音を立てる瞬間がある。それをハゼと呼んでいるが、最終的に炭になるまで焙煎するとハゼは2回やってくる。そのハゼは焙煎の進みに応じてある程度規則的にやってくるので、このハゼを焙煎の目安にすることができる。

コーヒー豆の色については、アグトロンという数値を使用して焙煎度とする場合もある。日本ではあまり一般的とは言えないが。
アグトロン社の分光光度計を使用してコーヒー豆表面の色の濃さを測定して「アグトロン55の焙煎」などと言うことがある。

さて、これらの焙煎について前提条件があることが推測できる。

熱のかけかたは、ある程度の基本ラインがあって、それを大幅に動かすことは無いのだろうということだ。
でないと、色とか温度とかで目安をつけることができなくなるからね。
短時間焙煎とか長時間焙煎とかいう言い方があるんだけど、これって裏を返せば「焙煎にはそれぞれある程度の焙煎度に達するまでに決まった時間があって、その焙煎に要する時間で区分することができる」ということだ。そして、焙煎に要する時間が決まっているということは、熱のかけかたがそれなりに決まっているということだ。
それを専門用語で言えば「焙煎プロファイルは大きく変えない」ということだ。

つまり、コーヒーの生豆の状態から焙煎した状態にするまでの熱のかけかたは、ある一定のラインがあって、そのライン上のどこで釜から出すかということで浅い焙煎から深い焙煎を作り出しているということだ。

なんかややっこしい言い方になってしまったけど、簡単に言えば、1000ワットのオーブントースターにパンを入れて、タイマーを何分にセットするかで焼き加減を調整するということと同じだ。普通、1000ワットを途中で500ワットや800ワットに切り替えたりしないよね、そうすると3分で焼いたときにどのくらいの焼き加減になるか当てずっぽうになっちゃうもんね。

というわけで、焙煎する人によって焙煎のプロファイル(熱の量やかけ方)は違うけれども、焙煎する人はたいてい、大きく変わらないプロファイルで浅煎りから深煎りまで焼いているということだ。


さて、ここで疑問がある。なぜプロファイルが一定になりがちなのだろうか。


その答えは・・・と引っ張って、特に答えは用意していないのだが。

たぶん、一定のプロファイルを作って、そこに微調整をしていくというのが、面倒がなくていいということはあると思う。
そしてもうひとつは、その焙煎者にとって「美味しい」プロファイルというのがおのずと決まってくるのかなあと思う。
ま、想像だけどね。

そして、一定のプロファイルの中で、どこで釜から出すかということで焙煎度が決まるわけ(言い換えると、どの焙煎度にするかで釜から出すタイミングを決めるということ)。

プロファイルがおよそ一定であれば、焙煎の度合いは釜から出すタイミングである程度固定できる。たぶんだけど、だから一定の決まりごとみたいな感じで焙煎度合いを決めても不都合が無いわけなんだろうなあ。


こっからが本題。というかコマーシャル。


僕が焙煎を始めたのはついこないだなんだけど、いろいろ勉強したりいろんな人に焙煎の話を聞いたりしながら焙煎していく中で、どうにも越えられない壁があった。
それは、焙煎にはセオリーがあるね、ってこと。そして、焙煎にはセオリーが無いね、ってこと。
何を言ってるんだという話なんだけど、例えば、こういうことなんだ。

ある程度良い結果が出る焙煎方法の場合は、どんな焙煎方法にしろ、そのほとんどの方法は、すでに誰かが試している。つまり、どんな方法にしろ、セオリー通りである。
しかし、それはつまりどんな方法にしろ一定のセオリーなど無いってことでもある。
焙煎そのものの歴史が長いために、過去に試すことができたであろう方法は、どっかの誰かがすでに試しているってことなんだ。そうすると例えば「投入温度が高ければ」「焙煎時間を長くとれば」「遠火の強火にすれば」「排気を多くすれば」「釜のサイズに対して少なめに投入すれば」・・・どんな疑問もたいていは答えが用意されているってわけ。つまりはどんな焙煎方法も、あらゆるパラメーターの組み合わせに過ぎず、その個々のパラメーターの変化に対する答えはおおよそ想像がつく(というか実験されている)わけなんだ。

この、セオリーというものの存在が僕の目の前に大きな壁となって立ちはだかった。

セオリー通りにやろうとすると、正解がわからなくなるんだ。
例えば、短時間焙煎と長時間焙煎。風味に対してどっちもメリットがあり、どっちもデメリットがある。これは同じコーヒーを二つの条件で焼き比べるとわかる。どっちがいいってもんじゃないんだ。でもこれ、どっちもある意味セオリー通りなんだよね。だからこそ、短時間の人と長時間の人がいるわけだけどね。

じゃあどっちにすべきなの?

どっちに「すべき」ってもんじゃないんだね。どっちでもよろしい。どっちも正解。対立するふたつの方法がどっちも正解。その間を取った中時間焙煎(という言い方があるかどうか知らないけど)も、もちろん正解。全部正解。

ほら、困っちゃうでしょ。どれも正解なのにどれかに決められないよ。

釜の初期温度は? 排気はニュートラル?引きを強く?こもり気味で? 投入量はキャパいっぱい?半分くらい? ・・・もうどれもこれも正解なんだよね。正解がありすぎて困るんだ。

そして、どの正解を採用するかで同じような色になったコーヒー豆も風味が違ってくるんだから「この色はシティ」とか「2ハゼ入ってすぐおろしたからフルシティ」とか言えないと思うんだ。だって、同じような色でもパラメーターを変えれば(プロファイルが違えば)、風味が違ってくるもんね。

というわけで、サンシャインステイトエスプレッソの焙煎部門ではプロファイルはもう焙煎度というのにこだわるのはやめようと思うのです。



++++ ここからがほんとにコマーシャルタイムです ++++



サンシャインステイトエスプレッソの焙煎は、4タイプ。

Mercury Roast

フレッシュ感を特に取り出した焙煎、キレのある口当たりをお楽しみいただきます。


Venus Roast

明るいキャラクターで華やかな雰囲気を持っています。特にコーヒーの持つ果実感を重視しています。


Earth Roast

バランスが取れた焙煎、飽きのこない毎日飲める風味特性を目指しています。


Mars Roast

ミルクとの相性がよく、アレンジドリンクにも向きます。マイルドで落ち着いた風味はアイスコーヒーにも適しています。




浅いとか深いとかじゃないです。こーゆー焙煎です。何度とか、排気はとか中点はとか聞かないでください。

正解はひとつじゃない。だからこそ、僕なりの焙煎をしていこうと思います。
SUNSHINE STATE ESPRESSO Roasting Dept.をよろしくお願いします。
posted by ホゼ at 21:30 | Comment(15) | TrackBack(0) | 焙煎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

スターバックスはよく考えられているセルフサービスシステムだ

ちょっと考えさせられる問題があったので。


飲食店でセルフサービスというと、どうしたって「社員食堂」なイメージがある。それも「安かろう悪かろう」とか「効率重視」とか「選択肢が少ない」というネガティブなイメージが強い。吉野家とかすき家とかもコレだろうか。
もしくはマクドナルドに代表されるファストフード店のイメージかもしれない。とにかく早い、安いである。列に並び、コンボを注文する。すぐに奥から温めてある商品が出てくる。決まりきったアイテム(ハンバーガー、ポテト、ドリンク)しか無いので、迷うこともなく精神的には非常にラクだが、つまらない。

しかし、スターバックスはセルフサービスなのに「食堂」「ファストフード」なイメージがない。
それは何故なのか。

一言でいえば「ここでは自分(客)がすべてをコントロールできる」というイメージを植えつけることに成功したからだ。客は常に能動的である。受け身でぼーっとしていると、一生注文できないし飲み物にありつけることはない。もしありつけたとしても、それは平凡な体験になってしまい、ほかの人が得ているような、能動的であるからこそのエキサイティングな経験をすることができないというシステムなのだ。


注文カウンターで自分好みのドリンクをオーダーする。注文に並ぶ列で待っている間にはレジのそばのカラフルなタンブラーやいろんな産地のコーヒー豆が目に入るので飽きない。むしろ待ってるついでに買ってしまいそうになる。
さらに注文カウンターの横にあるクッキーが入ったショーケース。これもついうっかり買ってしまうアイテムだ。
しかしそれらを店員に押し売りされることはない。あくまでも控えめに棚やショーケースに並んでいるだけだ。選ぶ権利はこっちにある。
注文のときには店員に細かく指示を出す。ミルクの温度は、エスプレッソショットはどうだとまるでサッカーの監督がゲーム運びをするようにバリスタを動かす。
飲み物ができるまで、マシンのそばで待つことになるが、これまたサッカーの監督さながらだ。自分の指示通りに飲み物ができるかどうか、バリスタの動きを見張るのだ。
さらに、飲み物を受け取ってからも一仕事待っている。飲み物をさらに細かくカスタマイズしていかなければならない。もちろんスルーしてもいいのだが、自分の好みを追求してオリジナルのカップにすることに、皆余念が無い。

つまるところ、スターバックスが「社員食堂」「ファストフード」と違うのは、誰が支配者かということを顧客が知っているというところなのだ。

決まったメニューの中からボタンを押して今日食べるものを選び、それをカウンターに出して注文した定食が出てくるのを待ち、出てきた定食をただ食べる。
これが食堂である。言い方は悪いが、ただ胃袋を満たすために行くところである。
あるいはすぐに提供できるように紙に包まれて温めてある商品を矢継ぎ早にレジ係りが提供して客を回転させるファストフードは、これまた言い方が悪いが、時間とお金を節約するために行くところである。
どちらにしろ、配給を待つのに近いシステムであり、客は何も考えずに飛び込んで、何も考えずに注文できて、何も考えずに食べることができる。それに加えて、例えば「安い」とか「早い」というメリットもある。悪くないシステムだが、つまらない。つまらない原因は「客は常に受け身」であるからだ。食堂やファストフード店の支配下に置かれ、ルールに則った動きを要請されるからだ。
(もちろんその代わりに得るものもある。食堂やファストフードのシステムが悪いと言っているわけではない)

それに比べてスターバックスは。

お客様は神様じゃないとは思うが、お客様は支配者に見える。店舗のスタッフが客の指示で動いているように見える。



セルフサービスとは、お客さんに自分のことは自分でやってもらうということだ。その代わり値段が安かったり、提供が早かったりするわけだが、自分のことを自分でやらなければならないという義務感は客にとっては不満の種だ。

なんで自分で水をくまなきゃならないの? なんで注文したものを持ってきてくれないの? 
(よその店なら水も注文したものもホールスタッフが持ってきてくれるのに!)

である。

それに対して、スターバックスの客は、極端に言えばこんな感じだ。
飲みたくもない水を勝手に置かれることもないし、注文したものがちゃんとできてるかどうか見届けなきゃならないから持ってきてもらうわけにはいかないね!
(ほかの店では高い料金を取るために恩着せがましく水を持ってきて、見えないところから作りたてかどうかわからないものをうやうやしく持ってきやがるんだ!)



客はバカではない(そうでない場合も時々あるが)ので、損をするのを嫌う。
スターバックスは、セルフサービスなのにあまり安くないが、それでも客が「得をした」と思うようにあちこちに仕掛けをしている。その最たるところが「(客自身が)すべてをコントロールしている」と感じるシステムである。
そのシステムを象徴するのが、有名なスターバックスの企業としての信条「きっぱりとイエスと言う(Just say yes)」である。
客は、自分が満足するようにスタッフに注文する。スタッフはその注文に対していつも「イエス」と言う。場をコントロールしているのは客である。そして、コントロールしているという付加価値があるからこそ、スターバックスは、よそよりも高い料金を取ることができるのである。

スターバックスは、コーヒーを通して人に奉仕する企業ではなく、人を相手にしたビジネスでコーヒーを出しているのだそうだ。

だからこそ、顧客のことをよく考え、顧客にいかに満足してもらうかということに主眼を置いているのだろう(ときどき、コーヒーの味よりも重要だと考えているのではないかと思えるときがあるくらいだ)。
企業の姿勢として大変すばらしいし、その姿勢をもとにこのような顧客満足度の高いシステムを構築した(そしてそれを世界中に広めた!)のは本当にすごいことだと思う。掛け値なしに素晴らしい!



さて、お釈迦様と孫悟空の話がある。例の、世界の果てまで行ったと思ったらそれはお釈迦様の手のひらの上の出来事であった、というアレである。

あれれ?孫悟空は誰?

・・・そんなことはどうでもいいか、美味しいコーヒーが飲めれば。
posted by ホゼ at 18:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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